■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第19話 世界のブラスバンド

 

▲LP – 世界のブラスバンド<第1巻>行進曲編(日本ビクター(Philips)、SFL-9060~61)

▲LP – 世界のブラスバンド<第2巻>ポップ・コンサート編(日本ビクター(Philips)、SFL-9062~63)

▲LP – 世界のブラスバンド<第3巻>クラシカル・ブラス編(日本ビクター(Philips)、SFL-9064~65)

▲LP – 世界のブラスバンド<第4巻>オリジナル・ブラス編(日本ビクター(Philips)、SFL-9066~67)

▲LP – 世界のブラスバンド<別巻>コンサートのためのアンコール集(日本ビクター(Philips)、SFL-9068~69)

1967年、日本コロムビアがリリースしたEP3枚の「楽しいバンドコンサート」が、レコード各社に与えたインパクトは大きかった。

なにしろ、“吹奏楽=マーチ”というイメージで凝り固まった各社が“マーチさえ出しておけば、それでよし!”とさえ考えていた中での登場である。しかも、第18話でお話ししたように、収録された9曲が国内初登場の“マーチ以外の楽曲”ばかり!! その上、すべてが新録音ときた!!

何もかも、想定外の出来事だった。

日本ビクターでも、負けてはならじと新たな吹奏楽アルバムの企画が立ちあがった。

契約レーベルのフィリップスの豊富な録音ソースを活用して、アメリカ、イギリス、フランス、オランダ、ドイツの有名吹奏楽団の演奏によるテーマ別の2枚組4タイトル(LP8枚)を作ろうという全集プロジェクトである。

全集のタイトルは、「世界のブラスバンド」!?!?

<第1巻>行進曲編 (日本ビクター(Philips)、SFL-9060~61 / 1968年9月新譜)
<第2巻>ポップ・コンサート編(日本ビクター(Philips)、SFL-9062~63 / 1968年10月新譜)
<第3巻>クラシカル・ブラス編(日本ビクター(Philips)、SFL-9064~65 / 1968年11月新譜)
<第4巻>オリジナル・ブラス編(日本ビクター(Philips)、SFL-9066~67 / 1968年12月新譜)

という、月に1タイトルの発売ペースで4ヵ月で完結する、当時としてはスケール感のある企画だ。

レコード編成の中心人物は、後にカメラータ・トウキョウを立ち上げられ、レコード関係の著作も多い若き日の井阪 紘さんだった。

ビクターがここまでリリースしてきた吹奏楽レコードは、基本的にほとんどマーチだった。しかし、今度は、コロムビア盤の登場後の企画である。

実際に吹奏楽を行なっている現場の人々とレコードの企画があまりにもかけ離れているのではないかと考えた氏は、まず「バンドジャーナル」誌の山田編集長を訪ね、ついで全日本吹奏楽連盟事務局の斎藤好司、理事の広岡淑生、音楽解説者の赤松文治、大石 清、指揮者の朝比奈 隆、山本正人、春日 学の各氏に意見を求めてまわった。

井阪さんは、当時「バンドジャーナル」誌(音楽之友社)への寄稿“世界のブラスバンドを企画して”(1968年)の中で、日本のアマチュア・バンドが、リヒャルト・シュトラウスやショスタコーヴィチまで演奏しているとは夢にも思ってなかったという率直な感想を吐露され、“やはり良くわかっていなかったのである”とも書かれている。

吹連理事の広岡さんは、フィリップスのバンド・レコードのほとんどに耳を通された後、当時の現場の空気がよく伝わる一文が寄せられている。

<第3巻>のジャケットに掲載されたその一部を引用すると…

『吹奏楽人口は相当な数にのぼり吹奏楽演奏会の聴衆はそれらしい若い人達が一杯で、そうした聴衆が仲々聴く耳を持って批評の一つも云うから頼もしいものです。所でレコードではと言うと行進曲がバンドのレコードとしか理解されていない様で、これはレコード会社の宣伝不足というところでしょう。戦後の吹奏楽人口は景気のよい行進曲が大衆向きであるというのではなく吹奏楽の芸術性を論じたり、新しい曲目を迫ったり演奏上の細かい点まで聴き入って楽しみ、いつまでも行進曲を喜んでいる人々ではないのです。このシリーズでも先づ行進曲のようですが次に続くレコードには新しい吹奏楽レコードや今迄発売されていなかった名盤によって愛好家の要望に対し期待にそうように企画されています。』(原文ママ)

レコード会社への苦言と期待の両面が込められた情熱あふれる推薦文だ。

赤松文治さんに話をうかがわれた際には、同社がリリースしたばかりの「ESSSプレゼンツ・スーザ・マーチ」(日本ビクター(Philips)、45X-103 / 演奏:ジェームズ・H・ハウ指揮、スコッツ・ガーズ・バンド)について、オリジナル盤(英Fontana、STL 5428 / 原盤タイトル:King Sousa!)から2曲、『飛行士(Aviator)』と『ライト・フォワード(Right Forward)』をカットして発売したが、そのカットした2曲が実は当時スーザ・ファンが最も興味を持っていたLPレコード世界初登場の曲だったと指摘された。これについても“知らぬこととは言え……”と、前記寄稿の中で失敗談として書かれている。とても実直な方だ。

“ESSS高音質シリーズ”が、通常のLPよりもターンテーブルの回転速度が速い45回転(シングル盤と同じ回転速度)を採用していたため、レコード面に収録できる時間が短かく、物理的に何曲かカットせざるを得なかったために起こった悲劇だった。

赤松さんは、戦前から音楽解説をなさっていた大先輩だ。筆者もいろいろと教えを乞うたことがあり、この“キング・スーザ・カット事件”も、東京・永田町のご自宅におじゃましたときに直接うかがった。そのときのとても残念そうに話される姿を今もよく覚えている。

(個人的には、日本盤ジャケットに使われた写真が、スコッツ・ガーズではなく、ライバルのコールドストリーム・ガーズだったのも気になった。要はよく知らなかったということだが…。)

▲LP – ESSSプレゼンツ・スーザ・マーチ」(日本ビクター(Philips)、45X-103)

▲LP – King Sousa!(英Fontana、STL 5428)

赤松さんの指摘に対して、ビクターは、カットした『飛行士』を新企画の「世界のブラスバンド<第1巻>行進曲編」のディスク-2(SFL-9061)のA面トラック-2に収録。もう1曲の『ライト・フォワード』は、1969年4月新譜の「スーザ・スペシャル」(日本ビクター(Philips)、SFX-7155 / 原盤タイトル:Sousa Specials!)という、同じスコッツ・ガーズ・バンドが演奏する新録音のスーザ・マーチ集のA面のラストに、トラック-7として追加し、スーザ・ファンの期待に応えた。

これは、レコード編成者の良識的判断として称えられるかもしれない。

3枚のアルバムを買うことにはなるが、とにかく「King Sousa!」収録の全曲が日本国内で購入できるようになったのだから。

そんな予想外のハプニングこそあったが、広岡淑生監修、全日本吹奏楽連盟推薦、日本吹奏楽指導者協会推薦、全日本学校吹奏楽研究協議会推薦という文字が躍る日本ビクターの「世界のブラスバンド」は、発売されるやひじょうに大きな成功を収めた。

それは世界の有名バンドの演奏をより身近なものにし、4巻完結後の1969年7月に<別巻>として「コンサートのためのアンコール集」(日本ビクター(Philips)、SFL-9068~69)が追加リリースされることにも繋がった。

▲当時のレコード・カタログから(年-月表示は、カタログ掲載月)

一方、筆者個人は、このシリーズにたいへん残念な思いをしている。

筆者が購入した<第1巻>のディスク-1のA面トラック-4には、ジャケットに印刷されたジョン・フィリップ・スーザ(John Philip Sousa)の『自由の鐘(The Liberty Bell)』の代わりに、フジテレビ系列テレビのスポーツ番組のテーマとしておなじみだったアール・E・マッコイ(Earl E. McCoy)の『ライツ・アウト(Lights Out)』が入っていた。

大阪では、20~30円もあればおいしい“きつねうどん”を食べることができた時代だ。そんな時代に買った定価3000円のアルバムだけに、さすがにムッときて、すぐ“曲名表示と違う曲が入っているんですが…”とビクターにクレームの手紙を出した。すると、制作セクションの課長さんから、ていねいなお詫びの返信が届いた。それによると、プレスの際に原盤番号を取り違えたとの説明で、“表示曲目どおりのものと交換します”と書かれていた。

当然と言えば当然の対応だが、いろいろ考えた挙句、“交換しない”と決めた。なんとなく、この種の“エラーもの”が、またとないコレクターアイテムになると感じたので!!

しかし、つぎに買った<第2巻>では、ディスク-2(SFL-9063)のB面トラック-2の『アレルヤ』(モーツァルト)とトラック-3の『カレリヤ』間奏曲(シベリウス)の曲順が逆になっていた!

これにはさすがに気が滅入った。どうしてこんなことがたて続けて起こるんだ!

いろいろ調べる内、このシリーズのアルバムが、すべて複数タイトルのアルバムからのコンピレーションで作られていることに気がついた。

例えば、フレデリック・フェネル(Frederick Fennell)指揮、イーストマン・ウィンド・アンサンブル(Eastman Wind Ensemble)の演奏が収められている<第1巻>行進曲編のディスク-1(SFL-9060)は、一部モノラル音源を含む以下のようなアルバムからコンピレーションされていた。

《A面》

1 – 米Mercury、SR 90105 Marching Along

2 – 米Mercury、SR 90207 Hands Across the Sea

3 – 米Mercury、SR 90314 Screamers!

4 – 米Mercury、SR 90264 Sound Off!

5 – 米Mercury、SR 90105 Marching Along

6 – 米Mercury、SR 90105 Marching Along

《B面》

1 – 米Mercury、SR 90105 Marching Along

2 – 米Mercury、MG 40007 / 50080 Marches

3 – 米Mercury、MG 40007 / 50080 Marches

4 – 米Mercury、SR 90105 Marching Along

5 – 米Mercury、SR 90105 Marching Along

6 – 米Mercury、SR 90105 Marching Along

▲LP – Marches(米Mercury、MG 40007)

▲LP – Marching Along(米Mercury、SR 90105)

▲LP – Hands Across the Sea(米Mercury、SR 90207)

▲LP – Sound Off!(米Mercury、SR 90264)

▲LP – Screamers!(米Mercury、SR 90314)

信じられない事故は、編集時もしくはプレスの際に起こっているに違いなかった。

それなら、そんな心配のない海外オリジナル原盤を買えばいい!!

そう考えた筆者は、その後、<第3巻>以降をすぐには購入せず、外国盤や海外通販店の情報を片っ端から集める内、外国盤を海外オーダーするようになっていた。結果、少し時間はかかったものの、「世界のブラスバンド」LP10枚の収録曲のほとんどを原盤で聴くようになった。

プレスの違いからくるサウンドの違いも新鮮だった。日本盤ではカットされた曲にも“聴きもの”がいっぱいあった。これは大きな収穫だった。

(余談ながら、筆者が、資料として<第3巻>と<第4巻>を入手したのは、21世紀になってからだった。)

井阪さんは、同じ寄稿の中でこうも書かれている。

『だいたい、レコード編成者の使う「ブラス・バンド」という言葉は、実に不正確な使い方をしていることが多く、大半はミリタリー・バンドの演奏するマーチをさしており、今度のタイトルも「世界のブラス・バンド」としてみたもののこれでは金管のいわゆるブラスばかりのレコードとまちがわれるのではないかと今になって冷や汗をかいている次第である。』(原文ママ)

“音楽文化の発展は、レコード会社が担っている”と自負する1960年代の日本のレコード会社の一般認識を伝える貴重な証言だ。

とくにビクターは、吹奏楽のアルバムに“ブラスバンド”という表現を好んで使っていたから。

イギリスのブラック・ダイク・バンド(Black Dyke Band)や他国のブラスバンドが、つぎつぎ来日するようになった今、この同じタイトルを吹奏楽(ウィンドオーケストラ)のCDに使うのは、かなりの勇気がいるだろう。

21世紀の今あらためて見ると、曲目一覧ページに作曲者や編曲者の情報が一切なく、解説にたどり着くまで一体誰の曲かさっぱりわからないという“使い勝手の不自由さ”があったり、演奏者名や曲名に細かいチェック・ミスがあったり、叩けば埃が出るような残念な点も散見されるが、ともあれ、日本ビクターの「世界のブラスバンド」は、それまでマーチ以外の曲が国内発売されることがなかったイーストマン・ウィンド・アンサンブルやオランダ王国海軍バンド(De marinierskapel der Koninklijke marine)、スコッツ・ガーズ・バンド(The Regimental Band of the Scots Guards)など、世界の有名バンドが演奏するクラシックやオリジナルをはじめて国内に紹介することになった。

イーストマンで言うなら、1959年10月23日録音のアルバム「Wagner for Band」(米Mercury、SR 90276)から、ヴァーグナーの歌劇『リエンツィ』序曲、歌劇『ローエングリン』から“第三幕への前奏曲”と“エルザの大聖堂への行列”、楽劇『ラインの黄金』から“ワルハラ城への神々の入城”、同年10月24日収録のアルバム「Ballet for Band」(同、SR 90256)から、グノ―の歌劇『ファウスト』の“舞踏音楽”、1955年10月5日モノラル録音を疑似ステレオ化した「Folksong Suites & Other British Band Classics」(同、SR 90388)からホルストの『組曲第1番』『組曲第2番』、ヴォーン=ウィリアムズの『イギリス民謡組曲』、1958年3月2日録音のアルバム「Winds in Hi-Fi」(同、SR 90173)から、グレインジャーの『リンカーンシャーの花束』、1959年3月3日録音のアルバム「West Point Symphony – American Masterpieces for Concert Band}(同、SR 90220)から、クリフトン・ウィリアムズの『ファンファーレとアレグロ』など、マーチ以外の曲が国内初出となった。

その他、フィリップスと専属契約のあったオランダ海軍に、川崎 優の行進曲『希望』、大栗 裕の『吹奏楽のための小狂詩曲』、塚原哲夫の『吹奏楽のための幻想曲』、團 伊久磨の『祝典行進曲』の4曲を依頼録音し、<第4巻>に収録したことは、大きく評価されるべきことだろう。

個人的には、このシリーズは、海外に大きく目と耳を向けさせるきっかけとなった。

そして、そこには、まだ知らぬ豊かな音楽の世界が広がっていた!

 

 

▲LP – Ballet for Band(米Mercury、SR 90256)

▲LP – Wagner for Band(米Mercury、SR 90276)

▲LP – Folksong Suites & Other British Band Classics(米Mercury、SR 90388)(疑似ステレオ)

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