■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言 第18話 楽しいバンドコンサート

▲吹奏楽楽譜 – オリンピック・マーチ(出版:イースタン・ミュージック)

1964年の東京オリンピック開催決定は、日本社会のあらゆる分野、人心に大きな興奮と活気をもたらした。

音楽業界も時流に乗り遅れるなとばかり、オリンピック関連の曲がつぎつぎと作られ、レコードが売り出された。

吹奏楽のジャンルでも、オリンピック東京大会組織委員会(OOC)と日本放送協会(NHK)の共同制作で、開会式等で演奏される古関裕而の『オリンピック・マーチ』と今井光也の『オリンピック東京大会ファンファーレ』が作曲された。

レコード各社も、先を争うようにこれらを録音したが、開会式の演奏を担当することが決まった陸上、海上、航空の3自衛隊音楽隊は、引っ張りだこで、日本ビクターを除く各社の録音を担った。ビクターは、第16話でお話ししたとおり、レーベル契約のあったオランダのフィリップス・レーベルを通じて、オランダ王国海軍バンド(日本ビクターのアーティスト名:ロイヤル・ネヴィー・バンド)への新録音の依頼となった。

ともあれ、東京の国立競技場で世界から集った選手たちによる大入場行進があるという話は、レコード会社にとってひじょうに刺激的で魅力的な話だった。NHKのスポーツ・テーマである古関裕而の『スポーツショー行進曲』を“運動会用行進曲”として発売(SP盤:AK-29、モノラル盤シングル:BK-143 / SP盤の曲名は“スポーツショウ行進曲”)し、隠れたベストセラーになっていた日本コロムビアの学芸部も当然色めきたった!

▲モノラル・シングル – 運動会用行進曲 (日本コロムビア、BK-143)

コロムビアは、既発売盤のカップリングを組み替えたり、新録音を加えるというスタイルでマーチのシリーズ・プロジェクトをスタート。オリンピック3ヵ月前の1964年7月新譜で「世界国歌全集」7タイトル(ASS-10001 ~ ASS-10007)と「世界マーチ集」30タイトル(ASS-10008 ~ ASS-10037)を、9月新譜で「世界マーチ集」続篇15タイトル(ASS-10038 ~ ASS-10052)をリリース。オリンピック後の1965年7月新譜でも「世界マーチ集」にさらに10タイトル(ASS-10053 ~ ASS-10062)を加え、最終的にEPレコード(17センチ盤)全62タイトルをマーケットに送り出した。

▲EP – 世界マーチ集 イギリス・マーチ(1)(日本コロムビア、ASS-10029)

▲EP – 世界マーチ集 日本マーチ(6)(日本コロムビア、ASS-10051)

演奏アーティストは、東京吹奏楽団(指揮:山本正人)、大阪市音楽団(指揮:辻井市太郎)、陸上自衛隊中央音楽隊(指揮:齋藤徳三郎)、海上自衛隊東京音楽隊(指揮:片山正見)、東京消防庁音楽隊(指揮:内藤清五)に、来日時のアメリカ空軍ワシントンD.C.バンド(指揮:ジョージ・ハワード)を加えた各バンド。

3年後の1968年6月には、ベスト盤LP(30センチ盤)として「決定盤 これが世界のマーチ! その1 ~ その3」(EDS-6、EDS-7、EDS-8)というネーミングの3タイトルもリリース。同年8月の2枚組LP「決定盤!スーザ・マーチのすべて」(EDS-14~15)のベースにもなり、多くの録音曲が、今も他の多くのアルバムに使われている。同社にとっては、使いまわしが効く付加価値の高い音楽財産だ。

他方、同じこの時期に他社もマーチをつぎつぎリリース。レコード各社に“吹奏楽=マーチ”というイメージが完全に定着することになった。

しかし、レコード制作現場の興奮とは裏腹に、レコード会社と吹奏楽の演奏現場との間には、いつの間にか微妙な意識のズレが生じていた。

各社の吹奏楽新譜がマーチばかりという状況に、いささか食傷気味となっていたのだ。

現場は、マーチ以外のレコードを渇望していたのだ。

そこで現場の声を汲み入れて制作されたのが、1967年7月リリースの3枚のEPアルバム「楽しいバンドコンサート」(日本コロムビア、EES-176、EES-177、EES-178)だった。

制作委員は、中山冨士雄、加藤正二、大石 清、村方千之、秋山紀夫、酒井正幸という、当時の日本の吹奏楽の世界を第一線で牽引した各氏。加えて文部省教科調査官、花村 大氏と全国音楽教育連合会が監修したレコードだ。

▲EP – 楽しいバンドコンサート (日本コロムビア、EES-176)

▲EP – 楽しいバンドコンサート (日本コロムビア、EES-177)

▲EP – 楽しいバンドコンサート (日本コロムビア、EES-178)

商業レコードのジャケットに、これだけ多くの方々の名前が並ぶのは、ひじょうに珍しい。

ジャケットにも楽器メーカー提供の写真が使われるなど、販促のためのタイアップにも余念がなかった。

当時、マーチの売れ方は、ある程度数字が読めた。しかし、日本のマーケットで初リリースとなる曲ばかりが収録される予定の「楽しいバンドコンサート」各盤は、いきなり一般のマーチ・ファンや音楽愛好家に売れるはずがなかった。あくまで、吹奏楽の現場向きの企画だった。

また、外国盤のライセンス発売はあっても、マーチやファンファーレ以外の吹奏楽曲を自前で新録音することは、他社もやったことがなく、かなりの冒険だったはずだ。“吹奏楽=マーチ”で固まっている社内で稟議を通す気苦労のようなものも、垣間透けて見える。

逆に言うと、それだけ将来を見据えたアグレッシブなプロジェクトだった。

演奏は、加藤正二指揮、東京ウインド・アンサンブル。

録音セッションは、1967年の春に行われた。

結果、1枚目のEES-176には、クリフトン・ウィリアムズ(Clifton Williams)の『献呈序曲(Dedicatory Overture)』、エドリッチ・シーバート(Edrich Siebert)の『森のそよ風(Wind in the Wood)』、ハリー・シメオネ(Harry Simeone)編の『バンドのためのカンカン(Can Can for Band)』の3曲。

2枚目のESS-177には、ハロルド・ウォルターズ(Harold Walters)の『フーテナニー(Hootenanny)』、アーネスト・キャネーヴァ(Ernest Caneva)の『フローレンスの祭り(Florentine Festival)』、フランク・D・コフィールド(Frank D. Cofield)の『トランペット・オーレ!(Trumpets Ole!)』の3曲。

3枚目のESS-178には、ジョセフ・オリヴァドーティ(Joseph Olivadoti)の『イシターの凱旋(Triumph of Ishtar)』、フランク・D・コフィールドの『トロンボナンザ(Trombonanza)』、トルチャ―ド・エヴァンズ(Tolchard Evans)/ドナルド・ハンスバーガー編(arr. Donald Hunsberger)の『スペインの姫君(Lady of Spain)』の3曲が収録された。

「楽しいバンドコンサート」には、今で言うところの“吹奏楽オリジナル”に、トランペット4重奏やトロンボーン3重奏など、マーチ以外のコンサート向きの作品が選曲されていた。

老舗レコード各社には、21世紀の今も“吹奏楽は、まずマーチありき”という、先代から受け継がれたイメージが残っている。

吹奏楽に情熱を傾けた先達たちが、日本のレコード業界の大きな壁にはじめて風穴を開けた第一歩だった。

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