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ベルト・アッペルモント:ノアの箱舟
NOAH’S ARK (Bert Appermont)
01:作品ファイル
<Version I >ウィンド・バンド版
[作曲年]1998年
[作曲の背景]
ベルギ-のル-ヴェン(Leuven)のレマンス音楽院(Lemmensinstituut) に在学中、作曲家ヤン・ヴァンデルロ-スト (Jan Van der Roost)のクラスに学んでいた作曲者が同クラスの “卒業試験のための課題” として作曲。
[編成]
Piccolo
Flutes (Ⅰ、Ⅱ)
Oboes (Ⅰ、Ⅱ<double.:English Horn>)
E♭ Clarinet
B♭ Clarinets (Ⅰ<div.>、Ⅱ<div.>、Ⅲ<div.>)
E♭ Alto Clarinet
B♭ Bass Clarinet
Bassoons (Ⅰ、Ⅱ)
E♭ Alto Saxophones (Ⅰ、Ⅱ)
B♭ Tenor Saxophone
E♭ Baritone Saxophone
B♭ Trumpets/Cornets (Ⅰ<div.>、Ⅱ<div.>、Ⅲ<div.>)
F Horns (Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ)
Trombones (Ⅰ、Ⅱ、Bass)
Euphoniums <div.>
Tubas
String Bass
Harp
Timpani
Mallet Percussion
(Xylophone、Glockenspiel、Vibraphone、Tubular Bells)
Percussion
(Snare Drum、Tenor Drum、Toms、Bass Drums、Tam-Tam、Clash Cymbals、
Hi-Hat Cymbals、Suspended Cymbal、Bongos、Triangle,Woodblock、
Temple Blocks、Ago-go Bell(or Cowbell)、Tambourine、Claves、Sleighbells、
Cabasa、Whip、Vibraslap、Wind Chimes、Flexatone、Thunderplate(or B.D.) 、
Synthesizer or Wind Machine)
[楽譜]
1999年、ベルギ-のBeriato Music bvbaから出版。図版番号:BMP 9805.1.23。
https://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8001/
[初演]
1998年9月24日、ベルギ-のル-ヴェン(Leuven)にあるレマンス音楽院のコンサ-ト・ホ-ル(Concert Hall of the Lemmensinstituut)において、作曲者自身の指揮によるレマンス音楽院シンフォニック・ウィンド・バンド(Symphonic Wind Band of the Lemmens Conservatory)の演奏で。わが国では、2000年5月4日(祝)、東京都の練馬文化センタ-大ホ-ルにおける巣鴨学園吹奏楽班(東京都)の “第12回バンドスタンド” と題するコンサ-トで、三嶋 淳(みしま じゅん)指揮、巣鴨学園吹奏楽班により日本初演奏が行なわれた。
<Version II >ファンファ-レ・オルケスト版
[改作年]1999年
[改作の背景]
ウィンド・バンド版(Version Ⅰ)の発表後、ファンファ-レ・オルケスト関係者から “ファンファ-レ・オルケスト” 用のバ-ジョンも作って欲しいという要望が多数寄せられたことから楽譜出版を目的として新たにオ-ケストレ-ションされた。
[編成]
B♭ Soprano Saxophone
E♭ Alto Saxophones(I 、II )
B♭ Tenor Saxophone
E♭ Baritone Saxophone
E♭ Flugelhorn
B♭ Flugelhorns(I <div.>、II <div.>、III )
B♭ Cornets/Trumpets (I <div.>、II <div.>、III <div.>)
F Horns(I 、II 、III 、IV )
Trombones (I 、II 、III)
Baritones (I 、II )
Euphonium (I 、II )
E♭ Basses <div.>
B♭ Basses
Timpani
Mallet Percussion
(Xylophone、Glockenspiel、Vibraphone、Tubuler Bells)
Percussion
(Snare Drum、Tenor Drum、Toms、Bass Drums、Tam-Tam、Clash Cymbals、
Hi-Hat Cymbals、Suspended Cymbal、Bongos、Triangle,Woodblock、
Temple Blocks、Ago-go Bell(or Cowbell)、Tambourine、Claves、Sleighbells、
Cabasa、Whip、Vibraslap、Wind Chimes、Flexatone、Thunderplate(or B.D.) )
[楽譜]
1999年にベルギ-の Beriato Music bvba が版権を取得し、出版。図版番号は、BMP9805.2.23 (発売開始は、2000年2月。)
[初演]
出版が優先されたため、楽譜発売後に聴衆を前に行なわれた演奏者を特定できる初演奏の記録は残されていない。確認されている最も早期の演奏は、2000年2月19日、ベルギ-のル-ベン(Leuven)にあるレマンス音楽院(Lemmensinstituut)のホ-ルで行なわれたマ-ヌ・メラ-ルトス(Manu Mellaerts)指揮、アドルフ・サックス・アンサンブル(Adolphe Sax Ensemble)演奏によるCD(Beriato、WSR 007) のためのレコ-ディング・セッション。
【ベルト・アッペルモント/Bert Appermont】
1973年12月27日、ベルギ-のビルゼ(Bilzen)に生まれた。同国ル-ヴェン(Leuven)にあるレマンス音楽院(Lemmensinstituut)で、エドモンド・サ-ヴェニ-ルスとヤン・ヴァンデルロ-ストのクラスに学び、2つの音楽修士号を得て1998年に修了。専攻は音楽教育とウィンド・バンド指揮法。音楽教育の分野では、同国ハセルト(Hasselt) のキンドシ-ルド・イエス音楽学校(中等学校)で和声と音楽理論を教える傍ら、自ら編纂、編曲、録音制作したCD付きの児童用歌集をベルギ-の Bakermat 社から3冊出版し、これらはベルギ-国内のほとんどの小学校で教材として使われている。指揮の分野でも、ベルギ-内外のウィンド・バンド、合唱団、管弦楽団から招かれている。
ウィンド・バンド(吹奏楽)のための作品は、フランク・ヴァンバ-レン(Frank Van Baelen)と共作した「クエスト(The Quest) 」と「アリババの伝説(The Legend of Ali-Baba)」のほか、完全な自作となった「めざめ(The Awakening) 」やコンサ-ト・マ-チ「リオネッス(Leonesse)」、「ノアの箱舟(Noah’s Ark)」、トロンボ-ン協奏曲「カラ-ズ (Colours)」などがあり、全てがベルギ-の Beriato社から出版されている。現在、さらに “映画とテレビのための音楽デザイン” の修士号を取得すべく、イギリスのボ-ンマス・メディア・スク-ル(Bournemouth Media School)に留学している。
02:推薦状
1999年10月、ベルギ-の友人から1つの郵便物が届いた。それには、つぎのような内容の手紙(10/10付)とともに1枚のCDが同封されていた。
「……同封のCDをご覧ください。それは “王立アントワ-プ音楽院” のウィンド・バンド(Harmonieorkest Conservatorium Antwerpen) によって作られたものです。……私はこれはNHKで放送されるに値するCDだと思います。もしあなたに大切に扱っていただけるならば感謝に耐えません。これは彼らの初めてのCDですが、これを作ったことは彼らを大いに勇気づけることになりました。
とくに “ノアの箱舟” と “カラ-ズ” を書いたベルト・アッペルモントの作品は、日本でももっと知られる価値があると思います。彼は、若いがとても才能ある作曲家であり、”レマンス音楽院(Lemmensinstituut)” で “ウィンド・バンド指揮法” を学び、さらにイギリスで音楽の勉強をつづけています。……」
長い間、海外の音楽家とつきあっていると、自薦他薦を問わず、この種の “音源つき推薦状” はちょくちょく受け取ることがある。ちょっと “訳あり” なので送り主の名前は明かすわけにはいかないが、この推薦状は、ベルギ-では立派な音楽家、そして教育者としてとてもよく知られている人物からのものだった。先方は、筆者が個人的な事情からほとんどすべての音楽活動から身を引き、NHK-FMの番組「ブラスのひびき」も降板したことも知らずにこのCDを送ってきたわけだ。(海外の友人すべてに事情を話したわけではなかったので……)
相手がとても大切な友人だったこともあるが、推薦状の “書きっぷり” も気になったので、このCDは、余裕をもって聴くことができる時間がとれる日まで聴かないでとっておくことにした。昼間の仕事(ほとんど肉体労働)中の “BGM的流し聴き” やそれを終えた後の “ボケボケの耳” で聴くなんて失礼なことはとてもできないと思ったからだ。
CDを聴いたのは、それから20日以上たった11月のことだった。CDの1曲目は、わが国でもおなじみのヤン・ヴァンデルロ-スト(Jan Van der Roost) の「クレデンティアム(Credentium)」だった。その演奏を聴いてまず思ったのが、指揮者ディルク・デカルヴェ(Dirk De Caluwe)のバンド・コントロ-ルのすばらしさと、ブレンドされたサウンドがとても耳ざわりのいいことだった。演奏者の個々のレベルもひじょうに高い。
一般的に、そのア-ティストにとって最初のCDは、すべてがいい方向に流れる傾向にある。それは、世界的に有名なクラリネット界の大御所ヴァルタ-・ブイケンス(Walter Boeyken /大のビ-ル党で、彼が日本などへ演奏旅行を行なうときなどは、地元ビ-ル・メ-カ-がスポンサーになるほどだ!? つまり、それほどよく飲む!? 彼の国で夕食に招かれた際も、強いことで有名な地元ベルギ-のビールをあたかも “水” のように飲んでいた!?)がわざわざこの “若者たち” の企画に参加していることでもわかる。
▲ヴァルタ-・ブイケンス
CDのクレジットを見ると、その他にヴァンデルロ-ストを含む3人の作曲家と1人のオ-ケストラ奏者が監修者として加わっていて、このCDの支援者たちの “熱意” も半端じゃないことがよくわかる。演奏者も “ガンバル” わけだ。バンドと適度な距離感がある録音もひじょうに音楽的な印象だ。
そして、”推薦状” に特記されていたアッペルモントの2曲から、まずは4曲目に入っている「ノアの箱舟」を聴く。聖書に出てくる有名なスト-リ-に従って、”お告げ(The Message)”~ “動物たちのパレ-ド(Parade of the Animals)”~ “嵐(The Storm)”~ “希望の歌(Song of Hope)” とタイトルがつけられた連続して演奏される4つの部分からなる10分ちょっとの作品だ。
その第一印象は、とにかく “わかり易い” ことだった。そして、誰もが知っている「ノアの箱舟」のスト-リ-がそのものズバリの音楽として描かれている!! この種のタイトルがつけられる音楽にありがちな “もってまわったような説教調” や “古めかしい宗教色” もなく、モティーフを見事に処理し、構成上も見事な起承転結を見せている。ウィンド・マシ-ンを含め打楽器が多用され、現代的でかつドラマチック。ビジュアルさえつければ、即 “映画音楽” として使えそうな音楽だ。とは言っても、黛 敏郎の「天地創造」のような世界ではなく、もっとメルヘンの世界だ。加えて、アッペルモントという作曲家がすばらしいメロディ-・メ-カ-であることがとても印象的だった。作曲家としては、少なくともヤン・ヴァンデルロ-スト、ヨハン・デメイ、それにジョン・ウィリアムズの影響があるように感じられた。とにかく、これだけ音楽を “簡単” に聴かせてしまう作曲家との出会いは久しぶりで、正直興奮を覚えたというのが偽らざる感想だった。
ついで、最終トラックに入っているトロンボーン協奏曲「カラ-ズ」。ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボ-ン奏者ベン・ハ-ムホウトス(Ben Haemhouts) とのコラボレ-ションを経て完成されたこの作品は、さらにグレードの高い作品であり、アッペルモントの作曲家としてのさらなる “飛躍” を示している。また、「ノアの箱舟」で感じた稀代のメロディ-・メーカーの印象はさらに深まった。 “イエロ-(Yellow)””レッド(Red)””ブル-(Blue)””グリ-ン(Green)”という4つのカラ-(色)がタイトルとしてつけられている4つの楽章からなるこのすばらしい協奏曲については、またファイルをあらためる機会があるだろう。ハームホウトスのソロ・ワークも “ブラボーもの” のライヴ感があり、さらなる興奮を覚えたことを書き留めておきたい。
さて、推薦状の言わんとすることは分かった。しかし、音楽活動の第一線からリタイアした筆者にできることは何があるんだろうか? けど、なんとかしたいナァー。アレコレ考えていたちょうどそんな折りも折り、大阪市音楽団(市音)プログラム編成委員、田中弘(たなか ひろむ)さんと延原弘明(のぶはら ひろあき)さんのふたりから市音自主企画CD “ニュー・ウィンド・レパートリー2000″(大阪市教育振興公社、OMSB-2806)の選曲について相談をもちかけられた。そこで、筆者は、取り急ぎCDを持参してミ-ティングにのぞみ、他の何曲かと一緒に音源を渡してまずは委員全員で聴いていただくことにした(File No.02-02 参照)。
その結果は、種々の収録上の条件から、CDレパ-トリ-としては惜しくも選に洩れたものの、後日、田中さんから「 “ヘェー、こんな曲あるんや!? さすが、エエ(いい)曲知ってはる(らっしゃる)” って言って、みんな結構気に入ってましたよ。」と聞いて、まずは一安心した。
しかし、今後どこかに「こんな曲あるんだよ。」と話をするにせよ、あまりにも情報不足だ。最終的に本人に直接コンタクトを試みるために、まずは出版社サイドの対応を知らねばならない。そこで、年末12月に件の “推薦状” を送ってきたベルギ-の友人にCDの印象とアッペルモントの作品についての感想を書き送った際、「出版社の責任者にいろいろ聞きたいことがあるので、コンタクトしてほしい。」と頼むと、喜んだ友人からもすぐに「了解した。」という打ち返しがあり、先方からの連絡を待つことになった。
そして、その返事は、ベルギ-からでなく、意外な国から来た!?!?!?
03:ラクガキ
アッペルモントの「ノアの箱舟」を出版しているベルギ-の出版社からの連絡は、ベルギ-からではなく、ドイツからFAXで入った。出版社の名前は Beriato、差出人の名前は Ben Haemhoutsとある。 ン?どこかで見た名前だ。
早速、内容に目を通すと、Beriato 社のマネ-ジング・ディレクター(つまり社長)であるベン・ハームホウトスは、ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボーン奏者であると同時に、ベルギーの王立アントワ-プ音楽院の教授でもあった。そうか、そうだったのか。いろんな “謎” が一度に氷解し、いろんな人の顔が頭の中に浮んでつぎつぎとつながっていく。
▲Ben Haemhouts(Photo:Luk Perdieus)
そう言えばと、CDの入ったラックをガサゴソ探ると、やっぱりあった。何年か前に、ベルギ-の作曲家ヤン・ヴァンデルロ-スト(Jan Van der Roost) からもらったCDの中に、”Masterpieces for Trombone and Piano” というタイトルのピアノ伴奏のトロンボ-ンのソロCD(Beriato、SSR001、1996年制作) があったのだ。そのとき、ヤンは「とても大切な友人が作ったソロ・アルバムなんでぜひ聴いてほしい」と言っていたことを思い出す。
そして、このCDを発売した会社とアッペルモントの「ノアの箱舟」の出版社が同じだった。灯台下暗し。さらに、FAXには、トロンボ-ン協奏曲「カラ-ズ(Colors)」は、ハームホウトスの委嘱作品だと書かれてあった。
そういうことかと思いながら、プレイヤーでありながら出版社を興したハームホウトスの “奏者としてのキャリア” に急に関心が出てきたので、そのCDを聴きながらブックレットの記述に目を走らせる。すると、ハームホウトスは、1972年生まれで、最初に受けた音楽レッスンはロベール・レヴーグル(Robert Leveugle) から受けたユ-フォニアムのレッスンだったと書かれてある。 “ン? ユ-フォニアム?” つづけて、ブラス・バンドに参加してしばしばソロイストとして腕を研いた、とある。 “ン? ブラス・バンド? アレッ!? ひょっとして!?” と思って再びガサゴソ。そして、またまた発見。ベルギ-初のブラス・バンドとして日本でもその名を知られている “ブラス・バンド・ミデン・ブラバント(Brass Band Midden Brabant)”の2枚のCD、”Excalibur”(DHM、3005.3、1990年制作)と “Firework” (DHM、3012.3、1992年制作)のジャケット上からこのファイルに出てくるベルギ-の音楽家の名前がゾロゾロと出てきたのだ。
両盤とも、指揮者は、ミシェル・ルヴーグル(Michel Leveugle) とヤン・ヴァンデルロースト。そして、ハームホウトスの名は “Firework” の4曲目、ヨハン・エヴェネプール(Johan Evenepeol) の「ユーフォニアムのためのラプソディ(Rhapsody for Euphonium)」のユーフォニアム・ソロイストとしてあり、ノートを読むとこの作品はハームホウトスの委嘱作だったと書かれている。さらに、 “Excalibur”のブックレットを見ると、ハームホウトスはバンドのメンバー・リストでは正メンバ-の “ユーフォニアム奏者” としてリスト・アップされ、師匠のロベール・レヴーグルもこのバンドのプレジデント(代表者)だった。また、見開きページに印刷されている写りの悪いモノクロのバンドの集合写真に目を移すと、ユ-フォニアムを持っている2人の内の左側がどうやら10代後半のハームホウトスのように見える。筆者の頭の中の “ひとりインターネット” で、いろんな人の名前と顔がどんどんリンクしていく。
さて、ハームホウトスがトロンボーンを始めたのは17才のときだった。その後、ルーヴェンのレマンス音楽院に進んで、トロンボーンをミシェル・ティルキン(Michel Tilkin/彼もCD “Excalibur”に、ドン・ラッシャ-(Don Lusher)の「コンサ-ト・ヴァリエーション(Concert Variations)」のソロイストとして参加している)に師事。卒業後、1993~96年の間、オランダのロッテルダム・フィルハ-モニック管弦楽団のセカンド・トロンボ-ン奏者をつとめ、その後、ドイツのバンベルク交響楽団の首席トロンボーン奏者となった。ドイツのA級のオ-ケストラにおける初めてのベルギー生まれのトロンボ-ン首席奏者であり、1996年に制作された前記のCD “Masterpieces for Trombone and Piano”は、ベルギ-初のトロンボーン・ソロ・アルバムという栄誉を担うことになった。とんとん拍子のキャリア・アップだ。FAXによると、2000年10月にシュツットガルト放送交響楽団のエキストラ・プレイヤーとして日本に行くとある。時間があれば会えるのだが、公演場所を見る限り、会うことは物理的に不可能かも知れない。そんなことを考えながら、早速、相手に返答を打ち返す。
“….(自己紹介)….。今度、<BAND POWER>というまったく新しいウェブ・サイトで <WIND RAKUGAKI NOTE FILE>というコーナー” を立ち上げることになり、このペ-ジを通じて新しいウィンド・ミュージックや才能ある若き作曲家、すばらしい音楽家、そして、それらのバック・グラウンドを紹介したいと考えています。 “RAKUGAKI” というのは日本語で、私は “自由気ままに書く” というような意味で使っています。
さて、最近、ベルト・アッペルモントという若き才能ある作曲家の名を知りました。そして、私の新しいファイルのために、詳細な情報(プロフィールや作品リスト)や最新の写真などを求めています。….(後略)….」
筆者のこの問いかけに対し、ハームホウトスはすぐさま返答を寄こして、それには彼の出版社の最新カタログと何曲かのスタディ-・スコアを送ることと、勉強のためにロンドンに行っているアッペルモントに連絡をとって新しい写真を直送させる手筈を整えたことが書かれていた。そして、筆者の書いた “RAKUGAKI(ラクガキ)” という日本語がとても気に入ったようで、 “今書いているブラス・バンドのための新作のタイトルにピッタリだと思うので使っていいか?” と尋ねてきた。
エッ? 彼が作曲(しかもブラス・バンド曲)もすることが分かったのはいいが、誤解があってはいけないので、筆者は慌てて「あなたの新作がどんな曲か知らないが、日本語の “ラクガキ” には、いろいろな意味があるので….。」と、いろんな語彙を説明して、それでも良かったら、と返信を打った。
その結果、後日送られてきたカタログ類やスコアが入ったパーセルの中を見ると、そこには、まさしく「RAKUGAKI」と印刷された “新作” のスケッチ(といってもほぼ完成寸前のフル・スコアの状態のもの)が入っていた。まだまだ、スケッチの段階なので発表はできないが、このスコアは興味を覚えたブリーズ・ブラス・バンドの常任指揮者、上村和義さんが持って帰った。
このちょっとした “事件” はさておき、ハームホウトスという人物は、ときに “真鍮製抜き差し曲がりがね” と呼ばれることもあるらしい “トロンボ-ン” という楽器を演奏するプレイヤー特有の “愉快な” キャラクターをもっているようだ。なんとなく、長い付き合いになりそうな予感がする。
それと同時に、送られてきたスコアやカタログをチェックしていくと、ベルト・アッペルモントという作曲家が、20代半ばにして、すでに相当数の作品を手懸けていることと、いかに将来を嘱望されているかがはっきりしてきた。ロンドンにいるという、アッペルモントから連絡がくる日がとても愉しみになってきた。
04:開花
「ノアの箱舟」の作曲者ベルト・アッペルモントから、写真と詳しいプロフィールが入った手紙(1999年12月8日付)が届いた。写真に写っている人物は、とっても若々しい。
手紙の書き出しは、<Dear Higuchi-san(ディア-・ヒグチさん)>。 “~さん” という書き出しから、彼の周辺にちょっとした “日本通” がいることが想像できる。ひょっとすると、師のヴァンちゃん(Jan Van der Roost) あたりから教わったのかな?などと思いながら、さっそく内容に目を通す。
手紙の1枚目の便箋には、作曲家として自分の作品に興味を示しくれた筆者への感謝の言葉に始まり、自分のやってきたことと将来への方向性をよく理解してもらうために遠慮なく何でも質問してほしい、というお決まりの挨拶文が書かれていた。2枚目には詳しいプロフィールがプリントされてあったが、筆者の目は、それよりもまず、便箋の上部にレター・ヘッドのように印刷されている筆者不詳のつぎの引用文をとらえていた。
“a combination of different aspects of van der Roost’s and De Meij’s superb wind band music,with strong emotion depth and colourful orchestration”
(ヴァンデルローストとデメイの一流ウィンド・バンド・ミュ-ジックがもつ違った一面を結合させたものであり、説得力をもった情緒的な奥行きの深さと色彩豊かなオ-ケストレ-ションを有している。)
ここに引用された一文がアッペルモントのどの作品に対して書かれた寸評なのかはわからなかったが、「ノアの箱舟」やトロンボ-ン協奏曲「カラ-ズ」を何度も聴いたあとだったので、この批評者が言わんとしていることは手にとるようにわかった。そして、この文章はアッペルモントのお気に入りなんだろう。そうでなきゃ、自身のプロフィールの前にわざわざこんな引用を載せるはずがない。いや、それどころか、この引用は、アッペルモントがまだ20才台半ばというのにすでにヴァンちゃんやデメイというヨ-ロッパのビッグネームと比較されるほどの評価を与えられているという作曲家としての “ステータス” の証しであり、 “自信” の表明ともとれるのだ。コリャ、本当に凄い!?
そんなことを考えながら、先にBeriato 社のベン・ハームホウトス(Ben Haemhouts) が送ってくれたスタディー・スコアやCDをプロフィールとつき合わせることにした。
プロフィールにあるアッペルモントのウィンド・バンド作品は、まず、友人のフランク・ヴァンバーレン(Frank Van Baelen)と共作のかたちをとった「クエスト(The Quest) 」と「アリババの伝説(The Legend of Ali-Baba)」の2作。「クエスト(冒険)」は、6分近い序曲で、日本のバンド・ファンの耳になじみやすいアメリカン・スタイルの構成とヴァンちゃんゆずりのフレーズがマッチした傑曲だ。「アリババの伝説」は、 “開けゴマ”の呪文でおなじみの “アリババと40人の盗賊” のスト-リ-に題材を求めた演奏時間13分半ほどの組曲で、第1曲 “秘密の財宝(The Secret Treasure)”に始まり、第2曲 “砂漠のものがたり(Tales from the Desert)”、第3曲 “40人の盗賊(The Forty Thieves)” とつづく3曲からなっている。いずれも、ディルク・デカルヴェ指揮、ベルギー王国ゼーレ聖セシーリア吹奏楽団演奏の“Ceciliade”(Beriato、WSR 002、1998年制作)というCDに入っているが、共作ながら「ノアの箱舟」や「カラーズ」で聴かれるアッペルモントのカラーはすでに随所に表れていて、とくに「アリババの伝説」におけるドラマチックな展開は、その後エポック・メーキングな作品となる「ノアの箱舟」に至る過程を検証できるようでとてもおもしろかった。
つづく、「めざめ(The Awakening) 」とコンサ-ト・マ-チ「リオネッス(Leonesse)」の2曲は共作ではなくアッペルモントが独自の作品を書くようになってからの作品。
前者の「めざめ」は、スネアが刻むキビキビとしたミリタリー調のリズムの中に提示されるひとつのテ-マを幾度となく繰り返していく中で発展させていく5分程度の作品。ウィンド・バンドによる完全な音源がない(後日、ファンファ-レ・オルケスト “アドルフ・サックス・アンサンブル” 演奏の “A Tribute to Adolph Sax”というタイトルのすばらしいCDが発売された。Beriato、WSR 007、2000年制作)が、ラヴェルの有名な「ボレロ」と同じ着想(といっても物真似ではない)からインスピレーションを得て書かれたすばらしいコンサート・アイテムで、音楽はワーグナ-のあの「エルザの大聖堂への行列」のように放物線のように盛り上がっていき、演奏効果バツグン。独立して曲を書くようになって、アッペルモントの才能も一気に開花した印象だ。
▲「めざめ」収録CD「A Tribute To Adolphe Sax」
“ア-サ-王伝説” をテーマにしたコンサ-ト・マーチ「リオネッス」も完成品。何といっても「スター・ウォーズ」や「スーパーマン」の音楽を書いたジョン・ウィリアムズばりのカッコ良さがとってもいい。こちらは、スティーヴン・ヴェルハールト指揮、ベルギー王国ヴォメルヘン “デ・エンドラハト” 吹奏楽団演奏の “Forza”というタイトルのCD(Beriato、WSR 004、1999年制作)があるが、これがちょっとC調。多分に指揮者の責任で、演奏を聴いていて「エーイ!! もうちょっと、なんとかセー!!」と言いたくなる箇所があるのだが、すぐにでも映画のサウンド・トラックに使えそうな曲の “カッコ良さ” ゆえについつい何度も繰り返して聴くハメとなってしまった。(その後、このCDは、一日16時間労働というハ-ドな毎日を過ごしている筆者にとって、貯まりに貯まったストレスを思いッきり発散させるために欠かせない “座右の1枚” となってしまった。そして、今日もまた、CDに向かってわめいている。「なんとかセー!!」)
▲「リオネッス」収録CD「Forza」
アッペルモントのプロフィールの最後を飾っていたのは、「ノアの方舟」とトロンボーン協奏曲「カラーズ」の2曲。多くの評者が認めた話題の2曲だ。楽譜はすべてBeriato 社から出版されている。もっともっと彼のことを知りたくなった。
05:卒業試験
2000年の1~4月は、大阪市音楽団(市音)の自主企画CD「ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000」(大阪市教育振興公社、OMSB-2806)のブックレットの解説ノ-トの執筆をやむなく引き受けたために、関係者に約束した<バンドパワ->の “楽書ノ-ト・ファイル” でのアッペルモントや「ノアの箱舟」の紹介はまったくの手付かず状態となっていた。
ラクガキと違い、ノート執筆はものすごいエネルギーを消耗する。しかも一日の時間の使い方がムチャクチャだったので、顕著な時差ボケが残り、体力の回復にもその後何週間も要した。そして、この間、荒木玉緒(あらき たまお)さんが主宰するブラス・バンド “ヴィヴィッド・ブラス・トーキョウ” のコンサ-トと新録CDのノ-トをやっとのことでお断りしたり、File No.02-06 で触れた市音の「2008年のオリンピック招致活動のためのCD」の話が4月半ばに突如復活して再びドタバタが始まったり、5月4日に「ノアの箱舟」の日本における初演奏を実現された東京の巣鴨学園吹奏楽班のコンサ-ト(File No.04-01 参照)のノート執筆を体力的な理由からお断わりしたりという、精神的にとても疲れる事件がつぎつぎと勃発。トドメに、ことあるごとにノートの執筆をお断わり(ドタキャン1を含む)していた佼成出版社の水野博文さんからも「市音さんのノートは書いて、どうしてウチのノートは書いてもらえないんですか。」とネジ込まれるし……。トホホホホ。
実は、何年間も続編の企画を出さずにいた佼成出版社の「ヨ-ロピアン・ウィンド・サ-クル」も、この年は、ダグラス・ボストック(Douglas Bostock) が新しく常任指揮者に就任するということから絶対に企画を立ち上げないといけない状況に置かれていた。その担当が水野さんというわけだ。エレビ-など、ヨ-ロッパものをいくつも含む市音の新しいCDのノ-トを書いたと聞いて少々お怒りになっていた水野さんの剣幕に負けて、筆者は「ヨ-ロピアン」の企画を5月の終わり頃までに立ち上げることを約束していた。
「しかし、時間がたったおかげでとてもいいレパ-トリ-が集まってますよ。ベルト・アッペルモントの “ノアの箱舟” とか、マ-ティン・エレビ-の “パリのスケッチ” とか、ロルフ・ルディンの “ドルイド” とか….。」といいながら……。
具体的な曲名を聞いて、水野さんは「アッ!! 曲名がいいですね。」と、少し安心された様子だった。そして、「それって “音” あります?」とリクエストがくる。ア~ア。また “地獄の日々” がやってくる……..。
さて、ようやく世間が鳴り静まった7月、やっと「ノアの箱舟」のラクガキをすべく気力が戻ってきた。最初にとりかかったのが Beriato社のベン・ハ-ムホウトス氏への詫び状の発信と、作曲者への質問だった。質問事項は、作曲の経緯や初演デ-タなど。両者とも筆者の置かれていた状況を即座に飲み込んでくれて、すぐに打ち返しがあった。
とくにおもしろかったのが、「ノアの箱舟」が誰かに委嘱されて書いた作品でなく、アッペルモントが曲を書いた1998年当時に学んでいたベルギ-のルーベンにあるレマンス音楽院(Lemmensinstituut)の卒業試験のための課題として書いたという点だった。
レマンス音楽院といえば、そう、この人に尋ねるのがいちばん。早速、アッペルモントの師でもある親友ヤン・ヴァンデルロ-スト(Jan Van der Roost) に連絡をとることにした。彼に連絡をとるのはいつ以来だったかな? 以前は毎週のように連絡を取り合っていたのにと思いながら….。
ヤン、久しぶり。今度、キミのクラスに学んだベルト・アッペルモントの「ノアの箱舟」についてのアーティクルを書こうと思うんだけれど、聞けば、この作品はレマンス音楽院の卒業試験の作品というじゃない。それで、キミにそのあたりのことを教えてもらおうと思って……。(以下、質問事項)
すると、8月に入って打ち返しがきた。
ディア-・ユキヒロ。キミから連絡を受けてどれだけウレシイんだろう。先週、ボクはヨハン・デメイ、フィリップ・スパークのふたりと一緒にフィンランドで開かれた国際バンド・コンテストの審査員をつとめてきたんだ。その間、キミのことが何度も話題に上がった。もちろん、とんでもない忙しさの中でお母さんの介護をしているキミの状況はよくわかっているよ。
さて、質問事項への回答だ。
レマンス音楽院では、バンド指揮者をめざす者は、3年間の在学期間の間にバンドのインストゥルメンテーションとオーケストレーションを学ばねばならない。卒業試験のために、多くの学生は、もとは管弦楽やピアノやオルガンのために作曲されたクラシックの作品1曲を(バンド用に)オーケストレーションするために選ぶ。しかしながら、学生が作曲家である場合は、もちろん、その試験期間に自作品の1つを発表することが許される。ベルト・アッペルモントに起こったように。彼は、ボクの指導下にあったスタディーの中で「ノアの箱舟」を書いた。つまり、作品はすべて彼自身が書いたものだが、ボクはいくつかのヒントやアドバイスを与えたということを意味している。発表に先立つリハーサルの期間中、レマンス音楽院シンフォニック・バンドの学生たちは、彼の作品に熱狂していたし、演奏することをエンジョイしていた。また、ベルギーのベテラン作曲家ヤン・セヘルス(Jan Segers)を含む審査員たちもポジティブな評を下して、彼にバンドのために曲を書き続けることを薦めることになった。(8月6日付)
「ノアの箱舟」は、こういう状況で発表されたのか。それにしても、ベルギーにはこんな音楽院があるんだな。うらやましい限りだ。
Thank you so much 。いつもながらのヤンの丁寧な返答に感謝しながら、再び、「ノアの箱舟」のスコアを開いていた。
06:箱舟伝説
ベルト・アッペルモントの「ノアの箱舟」は、そのタイトルのとおり、聖書に出てくる有名な “ノアの箱舟” のストーリーを題材にした作品で、連続して演奏される4つの音楽からなっている。曲全体の導入部を構成する第1曲 “お告げ” は、ノアが “箱舟” を作るようにとの神託を授かる場面の音楽で、マエストーソ、テューバのロングトーンに乗ってトランペット(もしくはコルネット)がまるで “神が何かを告げている” かのようにテーマを歌いだし、それにユーフォニアムが呼応して始まる。作曲者の師ヴァンデルローストゆずりの節まわしが顕著に聴かれるこの部分は、わずか18小節で終わり、それに続いてまったく気分が違う第2曲 “動物たちのパレード” が始まる。ピウ・モッソ~メノ・モッソ~アンダンテと展開するこの音楽は、ノアの呼び掛けに応えて、動物たちが三々五々集まってくる場面の音楽で、動物たちの歩みが楽しげであり、ユ-モラスでもある。(それにしても、今も昔も “人間たち” はどうして……..。)
つづく、プレスト・フリオーソの第3曲 “嵐” はこの曲のハイライトだ。 “お告げ” にあった嵐と大洪水の場面を表現した一種の描写音楽で、シンセサイザーもしくはウィンド・マシーンなどを使っての “暴風” が吹き荒れ、音楽も荒れ狂う。しかし、その表現手法はコンテンポラリー・ミュージックのそれではなく、まるでハリウッドの冒険映画のスクリーン・ミュージックであるかのようなオーケストレーションとなっている。かのジョン・ウィリアムズの「E.T.」や「インディ・ジョーンズ」の音楽のように。
音楽をしめくくる第4曲 “希望の歌” は、嵐を乗り越えたノアや動物たちが水の引いた大地に戻って新しい生活をはじめる場面の音楽。アダージョでクラリネットが “希望” のテーマを歌いだし、再建への槌音はバンド全体へと広がっていく。やがて、第1曲のテ-マが戻ってきて、まるで “昔むかし、こんなことがありましたとさ” と語りべが語っているように、音楽は忘却のかなたへと消えていく。このあたり、師のヴァンデルローストの大の親友であるオランダの作曲家ヨハン・デメイ(Johan de Meij) の交響曲第1番「指輪物語(The Lord of the Rings) 」の第5楽章 “ホビットたち(The Hobbits)” に共通するアイディアが使われている。
聖書によると、ノアや動物たちを乗せた “箱舟” は、何日も続いた嵐が過ぎ去った後、アララト(Ararat)という場所に漂着したという。
▲アララト山
そして、現実の世界でも、トルコのアララト山(現在はトルコとイランの紛争地帯となっているために立入り禁止)の山中で、トルコ軍の調査隊が “舟” のかたちをした巨大な木造構造物を発見したというニュ-スが世界を駆けめぐり、写真も公表され、さらにアメリカでも “大きな舟の形状をしたもの” の存在を航空写真で確認したと報じられて大騒ぎとなったことがある。いつも外国の地名をチェックするときに使っている世界的に著名な地名辞典 “ニュー・ウェブスタ-地名辞典(Webster’s New Geographical Dictionary)” を見ても 、”Ararat” の項目に “ノアの箱舟の伝説上の漂着場所(legendary landing place of Noah’s Ark)”という記述があって本当にビックリさせられる。この作品のテ-マは、キリスト教世界に生きる人々にとってそれほど身近な存在なのだ。そして、その伝説的スト-リ-をさらに身近にし、理屈なく楽しませてくれる作品、それがアッペルモントの「ノアの箱舟」というわけだ。
▲ライフマガジン 1960/9/5号より
はじめてこの曲を耳にしたときから思っていたが、この音楽は、映画やテレビ・ドラマなどのビジュアル用のバック・グラウンド・ミュージックとしても使えるかも知れない。聴けば自然と “映像” が浮かんでくるからだ。そして、聴く回数を重ねるごとにイメージはどんどん脹らんでいく。また、各シーンのメロディーが耳に残るのもポイントだ。
作曲者のアッペルモントは、現在 “映画とテレビのための音楽デザイン” の修士号をとるべくロンドンに留学中だ。さもあらん。ウィンド・ミュージックのジャンルで初めて名前を知ったこの作曲家は、ひょっとすると、近い将来、映画音楽のシ-ンでも名前を知られるようになるかも知れない。そんな予感がする。
2000年は、佼成出版社の「ヨ-ロピアン・ウィンド・サークル」第5集(KOCD-3905)のレパ-トリ-としてこの作品のレコ-ディングを提案し、ダグラス・ボストックの指揮による東京佼成ウィンドオ-ケストラの演奏で、国内初レコ-ディングも実現できた。聞くところによると、今、多くのバンドがこの作品の演奏準備に入っているという。そして、今度手にした新作「ガリバー旅行記(Gulliver’s Travels)」も、2001年2月に大阪市音楽団によるレコ-ディング(CD:大阪市教育振興公社、OMSB-2807 /2001年4月発売予定)が決定した。ベルト・アッペルモント。若く煌めく才能に乾杯!
▲パリのスケッチ/Paris Sketches/東京佼成WO
07:出版楽譜の注意点
アッペルモントの「ノアの箱舟」は、1998年に作曲されたオリジナルのウィンド・バンド版(Version I )につづいて、演奏者のリクエストに応えて1999年にファンファーレ・オルケスト版(Version II )も作られた。両者は基本編成が違う(File No.04-01 参照)ので、両版のオーケストレーションも自ずから違う。使われている楽器名がたとえ同じであっても基本的にパ-ト譜は別物と考えた方がいい。また、それ以上に、各国で使われている楽器編成が違っているという世界的なバンド事情に対応するために出版された楽譜には様々な種類のパート譜がセットされている。両版の違いも含めて、興味深いいくつかのポイントを列挙してみた。
・トランペット-コルネット
<Version I >ウィンド・バンド版
いずれの楽器を使うかについて、作曲者の明確な指示はない。国によって多少事情は異なるが、ヨーロッパでは、トランペット奏者と同じ数のコルネット奏者を揃えているバンドが主流なので、できれば、キャラクターの異なる両方の楽器を揃えてダブル・キャストで演奏したい。使用楽器について指揮者は明確な指示を出す必要がある。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
ウィンド・バンド版と事情はほぼ同じ。
・ホルン
<Version I >ウィンド・バンド版
“F French Horn” と “E♭ Horn”の2種類のパ-ト譜がセットされているが、これは国によって使われている楽器が違うことに対応するためで、たいていのバンドにフレンチ・ホルンが揃っている日本の場合、それ以外にE♭ホルンを準備する必要はない。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
“F Horn”と “E♭ Horn”の2種類のパ-ト譜が用意されている。事情はウィンド・バンド版と同じ。
・トロンボ-ン
<Version I >ウィンド・バンド版
低音部記号(ヘ音記号)の “C Trombone I 、II ” 、および “C Bass Trombone” の他に、高音部記号(ト音記号)の “B♭ Trombone I 、II 、III ” のパート譜がセットされているが、これもホルンと同じ事情なので、調の異なる楽器を2種類用意する必要はない。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
低音部記号の “C Trombone I 、II 、III ” の3パ-トだけがセットされている。
・ユ-フォニアム
<Version I >ウィンド・バンド版
低音部記号の “C Baritones” 、低音部記号の “B♭ Baritone/Euphonium”、高音部記号の “B♭ Baritone/Euphonium”の3種類のパート譜がセットされているが、これもホルンやトロンボーンと同じ事情による。たいていの日本のバンドの場合、低音部記号の “C Baritones” のパート譜だけでこと足りる。楽器名の表記がいかにも紛らわしいが、この楽曲の低音部記号の “C Baritones”のパート譜の場合は “伝統的” にアメリカの出版社の多くが “Euphonium”パートを “Baritone” と表記してきた慣例に従っている。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
ウィンド・バンド版と異なり、楽譜に表記されている “Baritone” は “Euphonium”のことではなく、ヨ-ロッパ・スタンダ-ドでは別々の楽器であるバリトンとユーフォニアムはそれぞれ独立した別のパートとなっている。この版のために新たに作られた高音部記号の “Baritone I -II ” 、低音部記号の “Euphonium I -II ” 、高音部記号の “Euphonium I -II ” の3種類のパ-ト譜がセットされており、バリトンはそのまま、ユーフォニアムは国によって高音部・低音部のいずれかのパ-ト譜を使うことになる。 “Tenor Tuba” の使用も考慮されている。
・テュ-バ(バス)
<Version I >ウィンド・バンド版
低音部記号の “C Basses”、低音部記号の “E♭ Basses”、高音部記号の “E♭Basses” 、低音部記号の “B♭ Basses”、高音部記号の “B♭ Basses”の5種類のパ-ト譜がセットされているが、これも事情は同じ。たいていの日本のバンドでは、低音部記号の “C Basses”だけでこと足りるが、2種類のバスが使われている “ブラス・バンド” の楽器編成の利点が理解されるようになってきた昨今、奏者が3人以上いる場合、主にオ-ケストラで使われるロ-タリ-・システムのテュ-バだけでなく、B♭やE♭のピストン・システムのバスを加えて(たとえ同じ音を吹いている場合でも)低音部のサウンドをさらに豊かにする試みが各地で行なわれるようになっているので、その場合これらはすぐにパ-ト譜として活用できる。
<Version II >ファンファ-レ・オルケスト版
ウィンド・バンド版と異なり、E♭とB♭が独立したパ-トとなっている。ファンファ-レ・オルケスト版のために新しく書かれた低音部記号の “E♭ Basses”、高音部記号の “E♭ Basses”、低音部記号の “B♭ Basses”、高音部記号の “B♭ Basses”の4種類のパ-ト譜(このうち2種類を使用)のほかに、ウィンド・バンド版の “CBasses” のパ-ト譜も編成の違う国での演奏に備えてセットされている。
・ハ-プ
<Version I >ウィンド・バンド版
出版されているセットには、パ-ト譜がセットされているが、スコアには、パート名 すら印刷されていない。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
この版からは完全に省かれている。これは、ベルギーやオランダで村のバンドとして発展し、ウィンド・バンド以上にポピュラーになっているファンファーレ・オルケス トの多くがハープを備えていないことによる。
・シンセサイザー or ウィンド・マシーン
<Version I >ウィンド・バンド版
第3曲「嵐」の最初の部分(72小節)から 172小節まで効果音として使われるが、オプション扱い。このいずれも使用できない場合は、クラリネットと金管楽器に、 “全員で手でカップを作って(ベルにかざして)息や口笛を楽器に吹き込むようにして、風の音を真似るように” との指示がある。しかしながら、手空きの箇所をのぞき、実際に音符が出てくると指示どおりにすることは不可能なので、指揮者はどの部分までこの “暴風の効果音” を使うかはっきりと指示を出す必要がある。
<Version II >ファンファーレ・オルケスト版
この版からは完全に省かれている。その代わり、 “すべての金管楽器奏者は、手でカップを作って(ベルにかざし)息や口笛を楽器に吹き込むようにして、風の音を真似るように” との指示がある。指揮者の留意点はウィンド・バンド版と同じ。