■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言:第4話 スパーク・コンダクツ・スパーク

▲「ライムライト・コンサート6」のパンフレット表紙

▲CD「ロマンス」

第4話 スパーク・コンダクツ・スパーク

フィリップ・スパークが、初めて日本のステージに立ったのは、1993年11月8日(月)、大阪厚生年金会館中ホールで開催されたプリーズ・ブラス・バンド(BBB)の「ライムライト・コンサート6」だった。

サブ・タイトルは“SPARKE CONDUCTS SPARKE”!

この日、中ホールながらも座席数1100を誇るこのホールは、満員札止め。開場前の入り口付近は人が車道まで溢れ、客席最前列から2階最後部までビッシリ埋めつくされた状況には舞台スタッフもビックリ仰天!

後日談だが、同じ日に併設の大ホール(現オリックス劇場)であったさる有名アーティストの公演を目当てに集まった“ダフ屋”のお兄さんたちも対する警備陣も面喰うほどの大盛会となった。

もともとがジョーク好き。笑いと活力にあふれる大阪の街がすっかり気に入ってしまったフィリップも、“もうかりまっか”“ぼちぼちでんなー”と受け応えをする、古きよき時代の大阪商人の慣用句をアッと言う間にマスターしてしまった!

筆者は、今でもときどき、その日のライヴの一部を収録したCD「ロマンス」(BBB自主制作、BBBCD 006)を取り出して聴くことがある。

イギリス・ブラスバンド界の重鎮でブラック・ダイク・ミルズ・バンド常任指揮者だったロイ・ニューサム(Roy Newsome、1930~2011)さんも賞賛を惜しまなかった『祝典のための音楽(Music for a Festival)』、“こんばんわ”で始まるフィリップ自身による楽曲紹介(声が若い!)、フリューゲルホーンの名手、古部幸仁さんのソロをフィーチャーした『ロマンス(Romance)』とつづく流れを聴くたび、当夜の興奮が鮮やかによみがえってくる!

自ら録音・制作したCDの中でも、とくにお気に入りの1枚だ。

さて、そのフィリップだが、この初来日時から今日までずっと守っていることがある。

それは、自作を指揮するとき、いつも新しい印刷スコアを持ってくることだ。

自作と言えども毎回新しい発見があることは無論のこと、出版されている楽曲をコピーを使って指揮するなど、もってのほかと考えているからだ。未出版や絶版の楽曲も、著作権法のルールに従い、出版社に頼んで手書きスコアのオーソライズド・コピー(出版社許諾のコピー)を製本してもらっている。

指揮で使ったスコアは、彼にとって大切な宝ものだ!

日本で、スコアのコピーにサインをねだる人がいることが、どうしても理解できないでいる。

そんなフィリップから“I have a BIGGGGG favour to ask you.”とS.O.S.のメールが入ったのは、2015年11月20日のことだった。Gをいくつも重ねているから、とくに重大な案件だ!

『知っての通り、来年1月にBBCを指揮して“山の歌(Mountain Song)”を演奏する。そのため、自分用のスコアを準備しているんだが、オリジナル原譜を複写して作ったフルスコアを見つけることができないんだ。そこで、スタンに新たに別のコピーを作ってもらうように頼んだんだけど、なんと彼は私の原譜をロストしてしまったようなんだ!』

なんてことだ!!

BBCとは“ザ・バンド・オブ・ザ・ブラック・コルト”という名の東京のブラスバンド。2016年1月10日(日)、保谷こもれびホール(西東京市)で、フィリップを招聘して創立40周年記念の第54回定期演奏会を開催することがアナウンスされていた。スタンとは、英ステューディオ・ミュージックのボスだ。

フィリップのメールは、そのメイン・プロ『ピッツバーグ交響曲(A Pittsburgh Symphony)』の第3楽章“山の歌”の手書き原譜のフルスコアの喪失を知らせるものだった。

実はブラスバンド曲の“山の歌”の出版譜には、コンデンス・スコアしかセットされていない。フルスコアは作曲時の手書きオリジナルだけなのだ。

フィリップのメールには、その喪失の事実に続き、ひょっとして記憶違いかも知れないがと断りながら、“プリーズと一緒に演奏し、一種の贈り物としてスコアを残していったかも知れないので、それをチェックしてくれないか”というリクエストが書かれていた。

遠い記憶をたどると、プリーズとフィリップはその後何度も共演し、1995年11月13日(月)~15日(水)に、東京~松本~大阪とまわった5周年記念シリーズでは、確かに“山の歌”を演奏していた。

しかし、プリーズが“山の歌”の手書きスコアとパートをフィリップから贈られたのは、それより4年前の1991年6月17日(月)、大阪厚生年金会館中ホールで開かれた初の「ライムライト・コンサート」の前だった。その後、“山の歌”は何度も演奏されているので、フルスコアもパートも指揮者の上村和義さんのライブラリーに必ず存在するはずだ。

また、引っ越しを繰り返したので確信は持てなかったが、筆者の楽譜ロッカーには、1997年11月19日(水)、大阪府立青少年会館大ホールの「ライムライト・コンサート14」で『ピッツバーグ交響曲』の日本初演(指揮:上村和義)が行なわれた際、スタン・キッチンに頼んで会場限定販売用として10冊ほど特別に製本してもらったシンフォニー全曲の手書きスコアのファクシミリ・エディションが1冊入っているはずだった。そして、無事発見!

早速これらのニュースを知らせると、間髪を入れず打ち返しがあった。

『すごい!!!!!!“山の歌”のスコアに対して最大級の感謝だ!スタンは、他の楽章は見つけている。もちろん、我々が次に会うとき、君にビールをおごろう!Thank you SOOOO much。』

またまた、Oが3つも多い!

スコアは、その日の内に国際エクスプレス便で発送して、一件落着!

しかし、ビールはまだごちそうしてもらっていない。まあ、いいか。

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