■樋口幸弘のウィンド交友録~バック・ステージのひとり言:第2話トーマス・ドス“白雪姫”騒動記

Text:樋口幸弘

第2話トーマス・ドス“白雪姫”騒動記

複雑な現代社会。我々をとりまく世界は、ありとあらゆる物や活動に“権利”や“権益”が影のようにつきまとう。我々、ウィンド・ミュージックに関わる者とて、そのルールや縛りと無関係ではいられない。

2017年5月に浜松で行われた日本吹奏楽指導者クリニックへの出演を前にした5/16の名古屋芸術大学ウィンドオーケストラのリハーサルでも、現場関係者が大慌てをする破目になった、とある事件が発覚した。

この日午後の合奏は、前半が「イブニング・コンサート」(5/20)の重要レパートリーであるフィリップ・スパークの『ゾディアック・ダンス(Zodiac Dances)』とヤン・ヴァンデルローストの『グロリオーゾ(Glorioso)』のフル・リハーサル、後半がクリニック委員会オススメの2017年新譜を紹介する「レパートリー研究講座」(5/21)の演奏曲の練習があてられていた。

当日の筆者の役割は、作曲者や出版社と連絡を取り合い、楽譜の準備などのサポートをした前半2曲で終っていたが、帰阪までまだ時間的余裕もあったので、指揮の竹内雅一さんに求められるまま、後半も聴くことに….。聞けば、研究講座の方は、旧知の小野川昭博さん(大阪音楽大学/クリニック委員会委員)が指揮をするとのこと。一体どんな曲をするのかと興味を覚えたことも居残った理由だった。

早速、テーブル上に積み上げられたスコアの山(もちろん、この日が初見)を崩す。すると、その中に思いがけない1曲があるのを発見。瞬間的に『アッ!』と驚きの声を小さく洩らしてしまう。

何事か、と竹内さんもこちらを振り向く。

少々難しい顔をしながら、『ドスの“白雪姫”をやるんですね。これはとてもいい曲なんで、オススメの理由もよくわかるんですが、これって4月始めに絶版になったってご存知ですか?』と言うと、竹内さんも驚きの表情!

トーマス・ドスの『白雪姫(Snow White)』は、ドイツのバイエルン州ウンターフランケン、マイン=シュペッサルトの青少年吹奏楽団“クライスユーゲントオルケスター・マイン=シュペッサルト(Kreisjungendorchester Main-Spessart)”の25周年記念作で、初演は、2016年1日6日、近郊のゲミュンデン・アム・マイン(Gemunden am Main)のホール“シェレンベルクハレ(Scherenberghalle)”で行なわれた。

有名なグリム童話「白雪姫(Schneewittchen)」のストーリーに基づくファンタジー・アドヴェンチャーで、「むかしむかし…(Once Upon a Time…)」、「七人のこびと(The Seven Dwarfs)」、「ガラスの棺(The Glass Coffin)」、「白雪姫の目覚めと婚礼(Snow White’s Release and Wedding)」という小題がつけられた短い4つの楽章で構成されていた。

青少年吹奏楽団のために書かれたグレード3の作品で、童話のストーリーどおりの楽曲構成と親しみやすいメロディーライン、さらには小編成から大編成まで演奏可能なオーケストレーションが施されているなど、多くの特徴をもった作品だ。このため、2016年の出版後、ヨーロッパではアッと言う間にヒット作の仲間入り!!

だが、もともと白雪姫には、1937年公開の有名なディズ二ー・アニメ「白雪姫(Snow White and the Seven Dwarfs)」のほか、原作に大幅に手を加えたアメリカ映画「スノーホワイト(Snow White & the Huntsman)」(2012)とその続編「スノーホワイト/氷の王国(The Huntsman: Winter’s War)」(2016)などがあり、著作権、隣接著作権、商標権など、複雑に絡み合った権利関係が存在する。

「SNOW WHITE ~ A Fantasy Adventure」という“英語タイトル”で出版されたドスの吹奏楽曲は、そのいずれかに抵触してしまったのだ。筆者は、4月のかなり早い時期に、現行楽譜の絶版とタイトル変更後に再出版という連絡を受けていたので、クリニック委員会も何らかの情報を掴んでいたはずだ。

話を聞いた竹内さんは、大学側で選んだ曲ではないものの、“絶版”になった楽譜をそのまま“オススメ新譜”として紹介することはあまりにも不都合なので、大慌てでクリニックの実行委員長に電話を入れる。しかし、要領を得ない様子で困惑気味。結局、再出版の時期などの詳細を筆者が出版社に問い合わせることになった。

Hal Leonard MGBの極東マネージャー、ユルーン・ヴェルベークからの返答は、5月17日夜にあった。翌18日に東京のクリニック委員会に電話するが、もう浜松に向っているのか留守電だけの対応。用件を録音したが、ミスリードの不安感はぬぐえない。

一計を案じた筆者は、古い手帳を探し出して指揮の小野川さんの携帯に直電を試みる。番号が変更されていないことを祈りながら…。

幸いなことに、電話は、今まさに浜松に向っていた東海道新幹線「こだま」車中の小野川さんに繋がった!

先方も面喰らった様子で、早速、用向きを伝え、もの凄い轟音が響く中、スコアを持ってデッキに移動した小野川さんに以下の修正ポイントを書きこんでもらう。

【出版タイトル】SNOW WHITE(白雪姫) ⇒ A PRINCESS’S TALE(プリンセスの物語)

【サブタイトル】A Fantasy Adventure <変更点なし>

【第1楽章】Once Upon a Time…(むかしむかし…) <変更点なし>

【第2楽章】The Seven Dwarfs(七人のこびと) ⇒ The Dwarfs(こびとたち)

【第3楽章】The Glass Coffin(ガラスの棺) <変更点なし>

【第4楽章】Snow White’s Release and Wedding(白雪姫の目覚めと婚礼) ⇒ Princess’s Release and Wedding(プリンセスの目覚めと婚礼)

【再出版予定時期】5月の末頃

この通話後、念のため、上記内容を他の曲で気がついたことを含めてメールで送信する。

その後、小野川さんから『非常に助かりました!一緒に講座を担当する中橋君(作曲家の中橋愛生さん)にも伝えると“宜しくお伝え下さい”とありました。』とのメールが入り、これにて一件落着!

変更点から、権利関係でぶつかったのは、英語の“Snow White”と“The Seven Dwarfs”であることがよくわかる。ドスはドイツ語圏のオーストリアの作曲家。ドイツで世界初演されたときにプログラムに載ったドイツ語の曲名「Schneewittchen」での出版だったら、たぶん、こんな面倒な事態に発展しなかっただろうに!!

さらば、『白雪姫』!

コメントを残す