■樋口幸弘の「ウィンド楽書(ラクガキ)ノ-トファイル」File No.01『酒井 格:大仏と鹿』

酒井 格:大仏と鹿

01:作品ファイル

[作曲年]1998年

[作曲の背景]
奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念作として、同連盟の委嘱により作曲。1998年8月に完成。オリジナル・スコアには、 “August 1998 in Hirakata” と記されている。

[編 成]
Piccolo
Flute (Ⅰ、Ⅱ)
Oboe
Bassoon
E♭ Clarinet
B♭ Clarinet (Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)
E♭ Alto Clarinet
B♭ Bass Clarinet
E♭ Alto Saxophone (Ⅰ、Ⅱ)
B♭ Tenor Saxophone
E♭ Baritone Saxophone
B♭ Trumpet(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)
F Horn(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ)
Trombone(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)
Euphonium
Tuba
String Bass
Timpani
Percussion
(Xylophone、Glockenspiel、Bass Drum、Snare Drum、Cymbals、 Suspended Cymbal、Triangle、Wood Block、Tambourine、Whip)

[楽 譜]
1999年、奈良県吹奏楽連盟加盟団体配布用に限定数印刷。
同年、オランダの出版社de haskeが版権を取得し出版。
オランダ版タイトルは、”DAIBUTSU TO SHIKA”。図版番号は、0991580。

[初 演]
1999年2月7日(日)、奈良県橿原市の奈良県橿原文化会館大ホ-ルで開催された「奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念/第26回奈良県トップバンドフェスティバル」において、木村吉宏指揮、大阪市音楽団の演奏で。

【酒井 格/さかい いたる】

1970年3月24日、大阪府枚方市に生まれる。大阪音楽大学に学び、1996年に同大学院作曲専攻修了。作曲を千原英喜と田中邦彦、ピアノを前田則子と青井 彰、フルートを中務晴之の各氏に師事。現在は、大阪音楽大学附属音楽学院や京田辺市のそよかぜ幼稚園に勤務し、各種イベントの作・編曲を担当したり、ピアニストとしても演奏活動を行っている。現在、「たなばた」「おおみそか」「大仏と鹿」「若草山のファンファーレ」などのウィンド・バンド(吹奏楽)作品が、オランダのデ・ハスケ(de haske)社から出版されている。

02:電話

今年2月4日、久しぶりにわが家に帰ると、酒井 格さんからお手紙(1月16日付)が届いていた。それは、随分と前から構想とそのユニ-クな曲名を聞かされていた奈良県吹奏楽連盟創立40周年記念委嘱作「大仏と鹿」が完成し、その世界初演が大阪市音楽団をゲストに招いた同吹奏楽連盟主催のコンサ-トで行なわれるという知らせだった。早速、電話を入れる。

樋口(以下、H): お久しぶり。お手紙受け取りました。新曲できましたね。

酒井(以下、S): ハイ。ちょうど明日(2月5日)、市音で練習を聴かせてもらうことになっていましてね。それと、コンサ-トのチラシには載ってないんですけど、当日はそのコンサ-トのオ-プニング用に書いた “若草山のファンファ-レ” も中学生の合同バンドで演奏されるんです。

H: フ-ン。ところで、曲名は結局「大仏と鹿」になったんだね。

S: “奈良” といえば、これしかない。(筆者には “しか” の部分がシャレに聞こえた)。しかし、このタイトルは、実は生駒市立鹿ノ台中学校の坂東佳子先生のアイデアだったんです。

H: しかし、出版になるんなら英語のタイトルをどうするかでまた大変なことになるんじゃない?「たなばた」(作曲時の原題:Seventh Night of July)や「おおみそか」(同:New Year’s Eve)のときは、知らないうちにボクがタイトルを勝手に変えた犯人になっていたことがあったし。(あるとき、オランダの出版社de haskeのMr.Garmt van der Veen と食事をしたときに “日本ではこの日のことをどういうんだい?” と尋ねられて何げなく返答したら、答えた本人もオリジナルの曲名を決めた作曲者も知らない間にそれがタイトルとして使われるようになっていた。)今度は、日本語タイトルから英語タイトルを決める逆のパタ-ンになるけど。

S: ご心配なく。今では曲を書いたボク自身がいつの間にか「たなばた」や「おおみそか」と平気で呼んでいるくらいですから。それに、今度は英語タイトルは「グレ-ト・ブッダ・アンド・ディア-(Great Buddha and Deer) 」って決めていて、de haskeにも「これしかない。」って言ってありますから。(やっぱりシャレに聞こえる。しかし、作曲者の言から初演前からこの作品の出版の話が進んでいたことが判る!!)

H: それって、もろに直訳じゃないの(笑い)。ところで録音とかされるの?

S: 吹奏楽連盟の方でCDにして加盟団体に配るという話になっています。

H: 連盟も気合い入ってるね。市音を雇ってライヴCDまで作ってしまうとは。けどね、CDになるんだったらちょうどいい。今NHK-FMの<ブラスのひびき>で紹介できればいいなって思ったとこなんだけど、その録音、事前に借用できると有り難いんだけれどね。それに、もうすぐ4月分の番組内容の提案を出すタイミングなんだけど、この新曲はいつも4週目に放送している<バンド・ミュ-ジック・ナウ>のテ-マにピッタリだと思うんだ。ニュ-ス性も高いしね。でも、提案までに演奏時間も秒単位で正確に計っておいたり、演奏者やCDを作る会社など、著作権に絡む確認が必要になってきたり、いろいろと情報を整理する必要があるんでね。

S: 番組はいつも聴いていますよ。Gで始まるあのテ-マ曲がいいですよね。あれが流れてくると、目が醒めてゆくというか。

H: あれは、イギリスのエリック・コ-ツという人が書いた「ロンドン・アゲイン組曲」の中の「オックスフォ-ド・ストリ-ト」という題名の曲なんだけど、あのテ-マ、実は市音の演奏って知っていた?

S: 知りませんでした。

H: 話をすると少し長くなるんだけど、だいぶ前に市音の練習場で東芝EMIの<マスタ-ピ-ス・シリ-ズ>の録音のための試奏があったとき、その場で録音予定曲を急に変更する必要が起こってね。指揮をされていた木村吉宏団長(当時)がボクに「なんかエエ曲ないか?」と尋ねるんで、たまたま持ち合わせていた何曲かの中から「これなんかどうでしょうか。」って渡したのがあの曲だったんだ。そうしたら、その場ですぐに楽譜がプレイヤ-に配られて “音出し(初見演奏)”が始まって、それを聴いた東芝EMIのプロデュ-サ-(佐藤方紀さん。現在は独立。)にも「なかなかいい曲じゃないですか。明るいのがいい。これは喜ばれますよ。」とOKをいただいて録音即決定。あとはオ-ケストラの原調に戻したり、1930年代の手書きのオ-ケストラ・スコア(作曲年月日も書き込まれていた)をイギリスから取り寄せたりのドタバタが続いたけれど、今では、関係者の間ではまるで<ブラスのひびき>のオ-プニングのために録音された曲であるかのような言い方をされるようになって。NHKがテ-マ曲を決めたときも、チ-フ・プロデュ-サ-や番組担当のディレクタ-たちに曲名や演奏者名をまったく知らせないで候補曲をいくつか聴いてもらったら、なんと全員一致であの曲に決まったということなんだ。それほど番組のイメ-ジにピッタリだったらしい。

S: おもしろい話があるんですね。「大仏と鹿」の録音の件は、早速、連盟にお話ししてみます。

いつものことながら、とても礼儀正しく答える酒井さん。今度の新作の初演成功を心より祈りながら受話器を置いた。

03:世界初演

酒井 格の「大仏と鹿」の世界初演が盛り込まれた「奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念/第26回奈良県トップバンドフェスティバル」は、1999年2月7日(日)、奈良県橿原文化会館大ホ-ルで午後1時30分に開演された。そして、この記念委嘱作品は、3部構成のコンサ-トの第2部、招待演奏のステ-ジで、大阪市音楽団名誉指揮者、木村吉宏が指揮する大阪市音楽団の演奏で多くのウィンド・ミュ-ジック・ファンに披露された。

作曲者は、コンサ-トのプログラムにつぎのようなメッセ-ジを寄せている。

「このたびは、奈良県吹奏楽連盟結成40周年に寄せて、新しい作品を書かせていただいたことを大変光栄に、そして嬉しく思っています。1300年の歴史を持つこの古都には、貴重な文化財が数多くありますが、なかでも東大寺の盧舎那仏座像(大仏)と、奈良公園の鹿たちはこの街の象徴と言えるでしょう。重厚な歴史と伝統、未来への生命の躍動、そして恵まれたこの地の風景、この街で暮らす人のエネルギ-。私はこれらをヒントに4つの主題を導き出し作品を構成しました。
もっとも作曲を進める上では、若い演奏者たちにも楽しんで演奏ができるよう、そしてコンク-ルに向けてある程度の時間をかけてこの曲に取り組むときに、常に新しい発見があるようにと、心がけました。この作品が、奈良を発信地として、世界中で愛奏されるようになることを夢見ています。
最後になりましたが、作曲の機会を与えて下さった奈良県吹奏楽連盟。初演をして下さる大阪市音楽団の皆さんと木村吉宏先生に、心より感謝いたします。    酒井 格」
(「第26回奈良県トップバンドフェスティバル」プログラムから。)

同じプログラムには、作品委嘱時に提示された条件(抜粋)も掲載されている。これがこの作品の演奏技術上の中身を決めていてなかなかおもしろい。

「中高生が楽しんで演奏でき、また、夏のコンク-ルでも使用できるものであること。難易度は、5段階で、3~4とする。全日本吹奏楽連盟が公募する「全日本吹奏楽コンク-ル課題曲」に準じた編成とする。ただし、25~30人程度のいわゆる小編成バンドでも演奏可能な楽曲であること。そのため、Oboe、Bassoon、String Bass等の楽器が単独の動きを行う場合は、必ず他の楽器にCueを入れておくこと。また、打楽器の場合は、5~6人程度であるが、4人でも演奏可能なように配慮する。もしくは、人数を減らす場合の方法を明記すること。」(同プログラムから。)

曲は、アレグロ・ヴィヴァ-チェの提示部に始まり、途中アンダンティ-ノにテンポを変え、ブリッジ的な導入からリステッソ・テンポへと展開してユ-フォニアムやクラリネット、オ-ボエ、フル-ト、アルト・サクソフォンの各ソロがフィ-チャ-されている穏やかな中間部を挟んだ後、元のテンポを取り戻して再現部となり、クロ-ジングをプレストでしめる比較的シンプルな構造をもっている。作曲者に尋ねると、4つの主題は曲中つぎのように現われる。まず、イントロのようにも聴こえる曲の冒頭のテ-マ、これが「奈良に暮らす人々のエネルギ-」を表現し、曲中もっとも多く現われる。つづいて、曲は少しのびやかに歌われる部分が移るが、この部分で「奈良の情景のイメ-ジ」を表している。その後、ティンパニのトレモロにつづきトランペットのユニゾンで現われるのが「大仏」のテ-マ(市音の初演では、トランペット6本で演奏された!!)で、つづいて「鹿」が跳躍を伴って現われる。このパッセ-ジは “子鹿が戯れる様子” を表現したもので “曲の終わりに向かって楽しい気分を盛り上げる大切な役割を果たしている” という。

「大仏と鹿」という漢字が入った曲名から、いかにも純和風の作品をイメ-ジする向きも多いかも知れないが、そうではなく、委嘱者の40周年を意識した祝賀調の華やかなム-ドをもつと同時に、その一方でまるでディズニ-・アニメのメルヘンの世界をのぞいているようなファンタスティックな気分にさせられる作品だ。

仕事上の都合から、ご招待いただいたにも拘らずコンサ-トに顔を出すことは適わなかったが、コンサ-ト終了後、酒井さんから初演成功の知らせとともにお願いしていた件に関する返答を電話でいただいた。それによると、CDの制作は残念ながら取り止めになったけれど、放送で紹介されることは連盟としても大歓迎で楽団サイドも快く了解してくれたという。録音テ-プは、後日、連盟の副理事長をつとめられている奈良県立志貴高等学校の山瀬真美先生から送っていただく手筈となった。

2月18日、「大仏と鹿」のDATテ-プが届いた。インデックス・カ-ドに書き込まれている演奏タイムは[6分55秒]。早速、テ-プを再生する。木村吉宏指揮、大阪市音楽団ならではの沸き立つようなライヴがヘッドホンを通じて伝わってくる。聴いていて元気が出てくるとても切れ味のいい演奏だ。他方、世界初演を聴く会場内の空気の微動もよく録れていたが、逆に会場ノイズ、とくに曲の中間にある緩やかな部分でのノイズがかなり気になった。しかし、少し手を加えればFM放送では問題にならない程度のノイズに小さくできるという結論に達した。

テ-プを聴いた印象が薄れないうちに、早速ワ-プロに向かう。通常、NHKへの提案は、最初に中核になる曲を1曲決めて文章で提案の趣旨を説明し、それが了承された後、秒単位のタイムの入った具体的な曲目一覧を提出する。これはその最初の趣旨説明だ。

「以前番組で取り上げて大好評を博した “たなばた””おおみそか” の作曲者、酒井格の待望の新曲 “大仏と鹿” が2月に世界初演された。番組では、そのライヴ演奏を中核に据えて・・・・・・」とワ-プロがカタカタと提案を打ち出していく。

まとめ上げた提案は、早速FAXで担当ディレクタ-氏に送られた後、提案会議を経て了承され、あとはスクリプトを完成させ、東京・渋谷のNHK放送センタ-での収録を待つばかりとなった。
ところが、ここに大ドンデン返しが待ち受けていた。

04:ハプニング


▲奈良県吹奏楽連盟発行の「大仏と鹿」スコア表紙

3月(1999年)に入り、NHK音楽番組部のチ-フ・プロデュ-サ-のAさんから「大至急、お会いしたい。」という急を要する電話が入った。

喫茶店で待ち合わせて話をうかがうと、その大筋は「来年度の予算の枠組みが決まりまして、FMは番組の多くを外部に制作を委託することになりました。」という衝撃的な内容だった。そして、多くの番組はすでに昨年末に民間委託が決まっていたが、<ブラスのひびき>はなかなか結論が出ず、3月に入ってやっと同じく外部制作が決まったという。さらに「NHKとしては、今後とも番組を続けていただくつもりで先方に申し入れたのですが、新しく<ブラスのひびき>を制作することになった民間の制作会社は、どうしても “東京の人” で番組を制作したいという強い姿勢を崩さないのです。ご了解いただけますでしょうか?」という。何のことはない。今世間で吹き荒れているリストラと同じ性格の話である。当時、こちらも母の病状の一進一退がつづき、東京・渋谷のスタジオとの間を8時間以上もかけて往復することに肉体的にも精神的にも疲労感を覚えていて、いつかは番組に迷惑をかけることになるのではないかと心配していたところだったので、一瞬考えた後にNHKの申し出に同意することにした。もちろん、番組のいくつかのテ-マを完結させることができず、リスナ-への重大な裏切り行為になるという思いが何度も頭をよぎったが、当時としては “もっと番組に集中できる人が作る方がいい” 、これが精一杯の結論だった。そして、3年間お世話になった同番組の卒業はこうして突然決まった。

Aさんはドタキャン(その時点で、担当ディレクタ-氏にはすでに5月放送予定分の提案まで伝えていた)をしきりに詫びながら、つづいて「どなたか “東京在住” で適任の方がいれば推薦していただけませんでしょうか。」と尋ねてくる。さらに、「もう3月もかなり日がたっているのに、4月3日にオンエアされる番組のコメンテ-タ-が決まっていないわけでして、正直焦っています。」ともいう。そして、「今のところ、N響のOBで行こうというセンが出ていまして・・・・・・・・・・。」と具体的な名前(思わずアッと驚いてしまった人物名だった)を口にする。

即座に「たいへん失礼ながら、そのような意見は現在のこの世界のことをほとんど何もご存知ない方のご意見と思われます。クラシックのようにレパ-トリ-がある程度固まったジャンルではなく、今グロ-バルなレベルで新しい動きがつぎつぎと起こっているこのジャンルを取り扱っている国内唯一の公共放送番組である<ブラスのひびき>は、常に世界中の最新情報に接していると同時に蓄積された知識の絶対量がポイントになります。ということから考えると、以前、番組をなさっていたBさん以外に適任者は考えられないのではないでしょうか。」とお答えした。

<ブラスのひびき>は、その後、4月最初の2週に筆者の提案にそって収録されたイギリスのブラス・バンド「グライムソ-プ・コリアリ-・バンド」の東京・オ-チャ-ドホ-ルでのライヴを取り上げたのを皮切りに新体制に移行した。OBとしては、番組のますますの発展を願うのみだ。
しかし、一方で「大仏と鹿」のオン・エアは無くなってしまった。

05:オ-プニング・テ-マ

1999年4月、NHK-FM<ブラスのひびき>の新体制移行に伴い、筆者の提案にあった「大仏と鹿」の初演ライヴのオン・エアも自動的にオクラ入りとなった。

その結果、すぐに酒井さんに経緯を説明する必要が生じたが、その前に “待てよ-” と、送っていただいたテ-プをもう一度聴き直してみることにした。するとどうだろう。ヘッドホンに演奏が流れだした瞬間、得体の知れないパルスがアタマの中をものすごいスピ-ドで駆け抜けるのを感じたのだ。 “アッ!!” 右手も反射的にストップウォッチを握っていた。

もう一度聴いてみる。 “コメント入りまでのタイムもOK!!””これは、番組のテ-マ音楽としても使える!!” 直感がそう教えてくれた。

この時ちょうど、収録が迫っていたNHK-FM<ブラスの祭典/第46回全日本吹奏楽コンク-ル>の番組テ-マを早急に決める時期がきていたのだ。

早速、番組ディレクタ-のCさんに電話を入れる。ひとしきり、今度のドタバタ劇についてのやりとりがあった後、「今度の “ブラスの祭典” のオ-プニングとエンディングのテ-マ音楽なんですが・・・・・・・・・・。」と用件を切りだした。すると、Cさんはテ-マ音楽の選曲について、そのすべてを一任してくれた。

3月14日、番組で使えるように微調整を終えた「大仏と鹿」のDATテ-プを携え、NHK放送センタ-のスタジオの中でもデジタル対応の最新設備が整った502スタジオに入る。早速、ディレクタ-氏の最終OKをもらうために音声さんにテ-プを委ねる。すると、一瞬の静寂の後スタジオのモニタ-スピ-カ-から市音のすばらしいサウンドがのびやかに聞こえてくる。 “OKだ!!” 心の中の自分の声が叫んでいた。Cさんももちろん大満足。そして、間を置かず番組本編の収録へと一気に進んでいく。(余談ながら、Cさんは “テイク1” を大切にされるディレクタ-で、筆者のコメントが少し淀んでも、ほとんど “気になりません” と言って録り直しを認めてくれない。マイクの微調整や使用音源の録音レベルのチェック以外、リハ-サルもない。この番組も<ブラスのひびき>も、ほとんど “ナマ放送” 同然だった。お聴き苦しかった箇所は、すべて筆者の責任です。)

収録の最後の頃に、日曜日にもかかわらず、チ-フ・プロデュ-サ-のAさんも顔を出されて3年間の労苦にねぎらいの言葉をいただいた。この後、2月13日に収録を終えていた<ブラスのひびき>3月27~28日放送予定分のエンディングを “お別れのメッセ-ジ” に差し替えるための収録を終え、3年間つづいたスタジオ通いは終わった。

帰宅後、酒井さんに電話を入れる。そして、ことの経緯を説明すると同時に、お世話になった奈良県吹奏楽連盟の方へも知らせていただくように頼んだ。このとき作曲者は、<ブラスのひびき>での紹介が無くなったことに少々ガッカリされたようだったが、代わって全国放送のテ-マ曲として使われることになったことをとても喜ばれていた。

番組は振り替え休日の月曜日、3月22日、朝9時からオン・エアされ、「大仏と鹿」のひとり歩きも同時に始まった。


▲「ブラスの祭典」の番組台本

06:金賞

古くからの友人のひとりに、現在、東京の武蔵境で歯科医院を開かれている山崎武久さんがいる。氏はLP時代からの筋金入りのウィンド・ミュ-ジックのファンであると同時に、レコ-ドやCDの蒐集家である。また、中高一貫教育で知られる東京の巣鴨学園吹奏楽班のOB会会長もつとめられている好人物で、現役時代はストリング・バスを弾いておられたのだそうだ。仕事で東京に出たときには、練馬のお宅にもちょくちょくお邪魔させていただき、音楽談義にあれこれ花を咲かせた間柄だ。あるときなどは、お邪魔したその場に指揮者のアントニン・キュ-ネル氏が居合わせていて少々面食らったこともあった。診療中にも、マルセル・ミュ-ルやロイヤル・エア・フォ-ス・バンドのCDが何気なくBGMで流れていることがあったりするから、やはりただものではない。

さて、NHKのコンク-ル番組の収録から何日かたったとき、氏と電話で話す機会があった。そして、「何かおもしろいことありませんか?」と尋ねる氏の問いに対し、「関東ではまだ誰も聴いたことがない音楽が今度FMでオン・エアされますよ。」といつものように軽く答えた。すると、電話越しに氏の声のト-ンが上がったのがはっきり分かった。そして、「それって、一体何ですか?」と切りこんでくる。

「例の “たなばた” や “おおみそか” に続く、同じ作曲家の新作 “大仏と鹿” ですよ。もっとも番組テ-マとして使わせていただくことになっていますので、本当は7分くらいの曲なんですが、放送されるのは頭から1分少々くらいになりますけどね。」と答えて、放送日、時間などを伝えると、「ぜひ、聴きます。」との興奮気味の返答。受話器の向こうで目を輝かせておられる氏の姿が容易に想像できた。

放送の翌日、早速、電話がくる。そして、「イヤ-、テ-プに録音してみんなで盛り上がりましたよ。ぜひとも演奏したいと思うのですが、どうすれば楽譜が入手できるでしょうか。」と質問がくる。やっぱりきたか。
最初に話したときの氏のボルテ-ジから、そんなこともあろうかと、このときまでに筆者はつぎの2つの手を打っていた。まず、出版する予定というオランダの出版社de haskeへその時期を問いあわせると “1999年の秋” という回答がきた。つづいて、作曲者を通じて奈良県吹奏楽連盟へ “出版までの間、楽譜を貸し出したり、販売したりすることは可能かどうか” を打診してもらった。連盟加盟団体に配布された楽譜セットを作ったときの余剰分が必ず残されているはずだと思ったからだった。そして、睨んだとおり、楽譜の残部は、作品委嘱をした県の連盟に保管されていた。

数週間後、連盟での協議をへて、このとき連盟が作って持っていた楽譜は、オランダで出版譜が発売されるまでの期間限定という条件つきで希望者に有料で貸し出されることになった。願っていたとおりの回答だ。しかも、有料といってもわずか¥5,000 という配慮の行き届いた料金!!どこかのレンタル譜とはエライ違いだ。

知らせを受けた巣鴨学園の行動は本当に素早かった。早速、楽譜を発注して、それを受け取ると、この曲を吹奏楽コンク-ルの自由曲に使うことを決定!! しかし、後で聞いた話だが、指揮者でもある顧問の三嶋 淳先生は、その後、「いい曲が見つかった」といって喜んでいる周囲の盛り上がりをヨソに、ひとりスコアを睨みつけながら悩まれていたんだそうだ。というのも曲がいきなりの<8分の3拍子>で書かれていたからだ。「どのように譜割りをして指揮をすればいいんだろうか?」三嶋先生は、武蔵野音楽大学の出身で、サクソフォンのソロイストとしても何度もステ-ジを踏まれている経験豊かな音楽家だ。その先生も演奏を聴いたときには予想できなかった拍子で曲が書かれていたのだ 。

後に、この話を伝え聞いた作曲者は、「そうらしいですね-。でも、仕掛けさえ解れば簡単なんですけどね-。」と涼しい顔。このあたり、作曲者と演奏者の楽譜を通したバトルを見るようで、なんともおもしろかった。
巣鴨学園吹奏楽班は、平成11年(1999年)8月17日、東京都府中市の “府中の森芸術劇場/どり-むホ-ル” で行なわれた第39回東京都高等学校吹奏楽コンク-ルA組1日目にこの新しい作品をひっさげて登場。見事金賞を得た。

この年、地元奈良県でこの曲がコンク-ルに使われることはなかったが、奈良県吹奏楽連盟の記録によると、オランダで印刷された正式の出版譜が発売されるまでの貸し出し期間中に、巣鴨学園の他にもう1校、岡山県御津郡御津町の御津中学校吹奏楽部が楽譜を借り出ている(第40回岡山県吹奏楽コンクール、中学校B部門最優秀賞)。曲はこうして広まっていくわけだ。そして、出版譜が日本に入ってきた同じ年の秋以降、全国各地での演奏がいよいよ始まった。

つぎに演奏されるのは、あなたのバンドかも知れない。

07:真犯人?

2000年1月、オランダの音楽出版社de haske(デ・ハスケ)から、かねてより発注していた「大仏と鹿」の出版スコアが入ったパ-セルが届いた。

早速、封を切って中身を確認する。「ア、ア-ッ!? !? !?」手にした新しいスコアの表紙を見て、筆者は、思わずズルッとイスから滑り落ちそうになるくらい、オ-バ-なアクションでズッコケてしまった。吉本新喜劇でおなじみの定番ギャグのように。

そして、事件は美しく印刷されたスコアの表紙、まさにその上で起こっていた。なんと曲名が、こともあろうにロ-マ字(!?)で印刷されていたのだ!!<DAIBUTSU TO SHIKA>と・・・・。すなわち、「たなばた」「おおみそか」の前2作につづいて、今度もまたまた、出版タイトルは作曲者の意向とは別物になってしまったのだ。

それにしても、作曲者があれほど「これしかない。」と言い、当然出版社にも伝わっていたはずの「GREAT BUDDHA AND DEER」は、一体どこへ行ってしまったのだろうか。慌ててスコアのペ-ジをめくる。

まず、開いて最初に目に入る中表紙には<Commissioned by the Nara Prefecture Band Association for their 40th Anniversary >と<奈良県吹奏楽連盟結成40周年記念委嘱作品>の英語と日本語の説明句。それにつづいて、ロ-マ字と漢字による曲名、作曲者名が印刷されている。さらにペ-ジをめくると、ついに発見”Great Buddha and Deer”という文字は、作曲者のプロフィ-ルを紹介したペ-ジの作品リストの中にあった。面白いことに、同じリストの「たなばた」が “Tanabata(The Seventh Night of July)”、「おおみそか」が “Omisoka(New Year’s Eve)”となっているのに、その流れだったら当然そうなっているべきはずの “DAIBUTSU TO SHIKA”の文字は見当らなかった。また、つづく作品ノ-トのペ-ジには両タイトルが混在。印刷著作物としての統一はなく、ちょっとした混乱が見てとれた。そして、これらの事実から、このスコアは、最初、作曲者の意向どおりに “Great Buddha and Deer”という曲名で印刷作業が進みながら、途中<何らかの理由>でロ-マ字タイトルに変更することになったが、最終的に細部まで目が行き届かなかった、ということが容易に想像できた。出版を急ぐ印刷物ではままあることだ(もちろん、未然に防ぐ努力は払われたのだろうが・・・・・・)。

しかし、<何らかの理由>とは、・・・・・・。ムムム・・・・・・。筆者は、思わず頭を抱え込んでしまった。この一件の真犯人(?)は、またしても筆者なのかも知れない。つまり、思い当たるフシがあるのだ。
それは、昨年(1999年)2月、スイスにいるde haskeのMr.Garmt van der Veen にこの曲のなるべく早い時期の出版とレコ-ディングを勧めたときのやりとりにまで遡る。

そのとき、ある程度予想されたことだったが、ハルムトはこちらの案件に対する返答だけでなく、「イタル・サカイの今度の新曲は、日本語ではどう読むのか?タイトルは本当にこれでいいのか?また、”Great Buddha”とは何なのか?」と尋ねてきていたのだ。西洋人にとって “大仏” と “鹿” を組合せているタイトルがよく理解できなかったのだろう。戸惑っている様子がアリアリだった。これに対し、筆者は「漢字(ハルムトはこれを “サイン” と表現する)を使ったオリジナル・タイトルは、日本語では “DAIBUTSU TO SHIKA”と読む。しかし、あなたも知ってのとおり、アルファベット・タイトルは作曲者がすでに “Great Buddha and Deer”と決めている。奈良県の吹奏楽連盟の40周年記念委嘱作品でもあるし、タイトルの変更は馴染まない。」と、まず予防線を張った。なぜなら、この出版社は曲のイメ-ジから出版時に曲のタイトルをガラリと変えることが過去に何度もあったからだ。今度は犯人になるわけにはいかない。筆者は、幾重にもクギをさしたその上で、「 “Great Buddha” も “Deer” も、かつて日本の都だった奈良を象徴するシンボルだ。もし、どうしてもイメ-ジできないのなら、ベルギ-のヤン(Mr.Jan Van der Roost)に尋ねたらいい。彼は奈良に行って実際に “現物” を見ているし、外国人向けの観光案内も持っているから。」とアドバイスした。

このやりとりを受けて、ハルムトはすぐにヤンに連絡をとったようだ。同じその日の内に「今、ハルムトから電話があった。」という内容のFAXがヤンから届いた。日本→スイス→日本→スイス→ベルギ-→日本。レコ-ディングの方も、4月に予定されていたリトアニアでのセッションに急遽組み入れられた。地球は狭い!!

しかし、しかしである。実際に出版された「大仏と鹿」のアルファベット・タイトルは<日本語タイトル>をストレ-トに読んだ<ロ-マ字タイトル>がメインとなってしまった。作曲者が決めた “Great Buddha and Deer”は、最終的に実際に音符が印刷されている最初のペ-ジには残されたものの、でかでかと印刷された “DAIBUTSU TO SHIKA”のすぐ下に、あたかもその説明句であるかのような小さな活字で・・・・・・・・。

今度、酒井さんに会ったとき、この一件をどう切りだせばいいのだろうか・・・・・・・・。

08:大団円

▲「大仏と鹿」録音中 指揮:堤 俊作

2月4日(2000年)、大阪市音楽団(市音)のトランペット奏者、田中 弘さんから、しばらくおいてクラリネット奏者の延原弘明さんから電話が入った。両氏は、ともに市音プログラム編成委員。電話は、兵庫県尼崎市のアルカイックホ-ルで前日から行なわれている市音自主企画CD「ニュ-・ウィンド・レパ-トリ-2000」のレコ-ディング・セッション終了後の “打ち上げ” へのお誘いだった。

仕事の関係で途中参加(普通、この “宴” は会場を変えながら翌日の未明まで続くのでかなり遅くから加わっても問題ないが、油断すると、つぎの日は多くの人が “安息日” を迎えることになる。巷には “反省は○○でもできる” という説があるらしいが・・・・・・)となったが、会場に入ると、龍城弘人団長をはじめ、レコ-ディングでディレクタ-をつとめられた佐藤方紀さん(File No.01-02 参照/現在、東京の(株)ハ-モニ-のプロデュ-サ-)、CD制作を技術面でサポ-トする広島のブレ-ン(株)の加藤雄一さんなど、一足早く盛り上がっている面々(久しぶりに顔を合わせる人ばかり!!)の少々手荒い歓迎が待ち受けていた。そして、「大仏と鹿」の作曲者、酒井さんもその場にいた。彼も、この “宴” に誘われていたのだ。

宴席を一巡したあと、作曲者の隣りに腰を落ち着ける。そして、今度のレコ-ディングについてふたりでひとしきり盛り上がった後、肝腎のテ-マを切りだしてみた。

▲モニタールームでの作曲者

樋口(以下、H):
ところで、デ・ハスケ版のスコア見た?

酒井(以下、S):
見た瞬間、もう「エッ?」ていう感じですよ。(と、彼も吉本新喜劇ばりにズルッと前方にすべる!?関西人はこれが自然体でできる。)

H: ボクもまったく同じ。なにしろ、タイトルがロ-マ字なんだもんね。

S: そうなんですよ。誰があんなこと(デ・ハスケに)教えたんでしょうか。

H: それ、ひょっとすると、またボクかも知れないんだ。今度もハルムト(Mr.Garmt van der Veen) に、タイトルの意味や読み方をしつこく尋ねられたことがあったからね。ただし、あなたが “Great Buddha and Deer”しかない” と先方に申し入れてあるって話されていたし、ボクも “作曲者がタイトルを決めていて、吹奏楽連盟の委嘱作でもあるし、変更は馴染まない” とクギをさしておいたんだけど・・・・・。まさか、ロ-マ字タイトルになっているとは・・・・・。(つ、ついに言ってしまった!!)

S: (再び、ズルッと大げさにすべりながら)本当に、こんな感じだったんですよ。

H: ただね。ロ-マ字タイトルになったことで、結果的にひとつだけいいこともあると思うよ。つまり、世界中の人があの作品を「ダイブツ・ト・シカ」って呼ぶようになった、ということなんだ。

S: アッ!! そう考えればいいんですよね。(と、急に笑顔に変わる)

H: 英語圏では「ダイブツ・トゥ-・シカ」ってなるかも知れないけど。(両者大笑い)

S: ところで、ボク、9才のときに “市音” を指揮したことがあるんですよ。まだ、天王寺に “市音” があった頃の話なんですが。

H: エッ!?そりゃ初耳!?パンダの家に変わる前の音楽堂で?(中国からジャイアント・パンダが贈られることが決まったとき、市音の旧練習場と天王寺音楽堂がとり壊されて跡地にパンダ専用の住まいが作られた。パンダの人気の前では “市音” も形無し。)それって “たそがれコンサ-ト” で?

S: そうなんです。母親が素人指揮者コ-ナ-に応募して当たってしまったんですよ。けれど、渡されたスコアの調が原曲とは違っていたので、ナマイキにも「なんで?」って思ってましたけど。

H: ( “9才でそんなこと考えていたなんて” と思いながら)記憶が定かではないけど、その “たそがれコンサ-ト” 聴いてたかも知れない。当時からよく “市音” におじゃましてたしね。しかし、今度「大仏と鹿」がレコ-ディングされたわけだし、その頃から “市音” とあなたの間には不思議な縁があったということになる。

S: そうなんです。

H: あの木の床が “ギシギシ” と音をたてる2階の合奏場でリハ-サルしたわけだ。

S: やりました。合奏の方は、もちろん、当時指揮をされていた永野慶作さんが下準備をしておいて下さったんですけど。

H: 当時のもの、ちゃんととってある?写真とか、録音とか。

S: 確か、市音からもらった指揮棒と、永野さんとボクの書き込みのあるスコアは残っていると思います(後日、現存を確認)。「教育大阪」って雑誌に写真入りで紹介されたし、NHKのラジオでも放送されたんですよ。母親が録音してくれたカセットはちゃんとは録れてなかったんですけれど・・・・・・・・。

H: 世紀の大スク-プ。それね、あなたのホ-ムペ-ジで、ぜひ紹介すべきです。みんな「エ-ッ!?」ってビックリするよ。プロフィ-ルにも「9才のときに、大阪市音楽団を指揮し、好評を博す」って書いたりしてね。(両者、大笑い)

この前日、大阪市音楽団首席指揮者、堤 俊作のタクトでレコ-ディングされた「大仏と鹿」は、作曲者も驚いたというほどのとても個性的な演奏だったんだそうだ。筆者の人生の大きな転機に出会ったとても素敵な作品「大仏と鹿」。その前途に幸多くあれ。

▲左から酒井 格さん、龍城弘人大阪市音楽団長、一人おいて佐藤方紀ディレクター

▲「大仏と鹿」録音中 於:アルカイックホール

09:作曲者からのメッセージ

◎ 「大仏と鹿」を演奏して下さる皆様へ

みなさん、こんにちは。この度、奈良県吹奏楽連盟からの委嘱により、皆様に私の新しい作品が届けられることを心よりうれしく思っています。今、みなさんはこの譜面を手にしてどんな気持ちでいらっしゃるのでしょう?すでに演奏に際してのイメージ作りをされている方に、作曲者のイメージを押しつけてしまうことになってしまうかもしれませんが、私の言葉を載せさせていただけるということなので、この曲が生まれる時のお話を少しばかりさせていただきます。

まず、「大仏と鹿」というタイトルですが、これは生駒市立鹿ノ台中学校で音楽科の教員をされている「ばんばん」こと坂東佳子先生のアイデアです。この作品を書くにあたって、もっとも最初に浮かび上がったメロディーは、練習番号[E]と[O]の部分です。奈良と言ったら真っ先に浮かぶのが、やっぱり奈良公園の鹿たちな訳で、この部分は、可愛らしい小鹿たちが戯れる様子を思い浮かべています。2番目に思いついたメロディーは、練習番号[B]そして”Tempo primo”からの部分です。流れるようなこのメロディーが表しているのは、奈良の美しくのどかな田園風景。または、そこを吹きぬける風のようなものでしょうか?

さて、ここまで来た時点で私はちょっと行き詰まってしまいました。この時点で私が考えていたタイトルも「鹿」という、キーワードは入れておきたいなぁと、漠然と考えていたに過ぎません。そこで、「ばんばん」から飛び出してきたアイディアが「大仏と鹿」というタイトルです。そうだ、大仏さんを忘れちゃいけないよね、というわけで生まれたのが練習番号[D]からのメロディーです。Timpaniのトレモロを伴ってTrumpet奏者全員によって奏することのメロディーはそれぞれの場面をつなぐ時には必ずといっていいほど現れますが、これは何を表しているのでしょう?

メロディーを思いついた時にはそれほど深く考えたこともないのですが、これは実際に奈良で生活する人々のエネルギーみたいなものじゃないかと感じるようになりました。大仏や奈良公園の鹿たちは、確かに奈良になくてはならないキャラクターですが、奈良が世界でも、最も魅力のある街の一つであるのは、その街で働き、暮らす人たちがいるからだと思います。

と言うわけで、一番最後に出来たメロディーが結局この曲の主役になってしまいました。以上、4つのメロディーがいろいろと変容されてこの曲を構成しています。どんなストーリーになっているかは、是非みなさんでイメージを膨らませていただきたいと思います。演奏する人の数だけ、この曲のストーリーが生まれることを心より望んでいます。

◎演奏のヒント

Allegro vivaceの8分の3拍子は♪=144または152くらいが適当だと思います。4分の4拍子になっても8分音符の長さは変わりません。中間部はややテンポを落としてゆったりと演奏して下さい。

157小節以降のTubaパートを演奏するのは、まだ楽器を始めたばかりの若いプレーヤーには困難かもしれません。やむを得ない場合は下の譜面を演奏して下さい。二つの音符が書いている箇所は、奏者が二人以上いるときは両方の音符を、一人の時は下の音符を演奏することをお薦めします。ただ、オリジナルの跳躍が多く含まれるパッセージは「子鹿が戯れる様子」をイメージしており、曲の終わりに向かって楽しい気分を盛り上げるのに大切な役割を果たしているので、最初から諦めずに是非挑戦してみて下さい!

打楽器パートはTimpaniを含めて5人の奏者で演奏するように書いてあります。打楽器奏者が4人しかいない場合は、基本的にはPercussion 4のパートを省略することになります。ただ、練習番号[ I ] [L] [M]にあるBass Drum,[E] [J]のTriangle,[M] [N]のWood BlockはPercussion 1または2の奏者が演奏するようにして下さい。

Timpaniパート、[D] 5小節目でのチューニングは楽器によって間に合わない場合があるかもしれません。その場合は[D]10小節目のLow Fを1オクターブ高いFで代用する方法があります。ただし、この方法は1st Trumpetとの間に発生する連続5度が強調されるので安易に変更することは勧められません。

10:出版楽譜の主な相違点

[ 奈良県吹奏楽連盟版(N)→de haske版(DH)]
(音符等の印刷ミスをのぞく)

31段スコア(N)→25段スコア(DH)
Flutes (1、2)、B♭Clarinets (II、III)、Alto Saxophones (I、II)、Trumpets(II、III)、Trombones(I、II)が各1段にまとめられ、4段で書かれていたPercussionが、Mallet Percussion と2段の Percussion パ-トに書き分けられた(計3段)。

(N)では、[A]~[R]の練習番号が付けられているが、(DH)ではそれを廃し、各小節に小節番号が付けられている。ただし、(DH)の小節番号中、□で囲まれているものは、(N)の練習番号に該当。
楽器名の変更:String Bass (N)→ Double Bass(DH)
(DH)では、編成の異なるヨ-ロッパのウィンド・バンドのためにE♭Horns やE♭ Bass の各パ-ト譜が新たに用意されたほか、Trombone、Euphonium、E♭Bass、B♭ Bass の各パ-ト譜は、高音部記号のものと低音部記号のものが用意されている。

■大仏と鹿
Daibutsu To Shika
作曲:酒井 格
https://item.rakuten.co.jp/bandpower/set-8093/

■ニュー・ウインド・レパートリー2000
大阪市音楽団
https://item.rakuten.co.jp/bandpower/cd-0085/

 

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