■落ちこぼれ笛吹きの“やればできる!”ON LINEセミナー 第9回

音楽に熱中するあまり受験勉強について行けず中学で不登校、何とか音楽科の高校に進学するも休学し小さな町工場で電気配線と格闘する1年を経験。「やっぱり音楽がやりたい!」と復学し音大を卒業後、プロオケを目指して20回以上オーディションを受けるも全て撃沈。そんな“落ちこぼれ笛吹き”が30年間のプロ経験で得たものとは? その中に“明日からもっと楽しくフルートが吹けるヒント”がみつかるかも!

◆岡本 謙(フルート奏者)プロフィール◆
10歳よりフルートを始める。香川県高松第一高等学校音楽科を経て、1990年に国立音楽大学を卒業。同年、シエナ・ウインドオーケストラ結成メンバーとして入団。6年間の在籍期間中、ピッコロ及びフルート奏者としてコンサート、CDレコーディングを多数行う。その後、東京吹奏楽団に移籍、ピッコロ奏者を務める。現在はフリーとしてオーケストラ、吹奏楽、室内楽等において演奏活動を行う。また、ミュージカルのオーケストラ・プレーヤーとしても、数多くの演目にて年間を通じて活躍している。フルートアンサンブル“ザ・ステップ”タッド・ウインドシンフォニーメンバー。

音大を目指すということ

今回のセミナーは、私が“心を打たれた”とある吹奏楽部での出来事からお話ししたいと思います。その日は、私が長年ご一緒に演奏しているプレーヤーの方にパートレッスンをお願いしていました。レッスンが終わって私たちが帰ろうとしていると、中学1年生の女の子が「先生、わたし音大に行きたいです!」と瞳をキラキラさせながら言ってきたのです。それはまるでドラマのワンシーンのような光景でした。大学受験を真剣に考える高校生ならときどきあることかもしれませんが、まだ楽器を吹き始めて年月の浅い中学1年生の口から飛び出した「音大に行きたい!」という純粋で熱意のある言葉に、正直圧倒されてしまいました。

みなさんは、身近な人が「音大に行きたい!」と言い出したら、どのように思われるでしょうか? 「それは素晴らしい、頑張って!」と思う反面、「音大を出ても仕事がないから、将来大変だよ」と心配される方もいらっしゃるでしょう。最近では時代の流れか現実的な考えの若者も多く、「音楽は好きだけれど、将来のことを考えると趣味の範囲にしておこう」という人が増えてきているように思います。私が長年指導している一般大学の管弦楽サークルにも、「一度は音大も考えたけれど…」という学生がときどき入団してきます。彼らの演奏は十分に音大受験でも通用するレベルですが、それでも“将来のことを考えて”音大という選択肢を諦めたようです。“音大を目指す”ということは本当に夢のあることの反面、“将来生活していく”という現実を考えたとき、“真っ暗な森の中を歩む”ような不安がつきまといます。それくらい未知数で何の保証もない道なのです。

それでは、私が音大生だった頃はどうだったのでしょうか。正直、将来の夢への目標と期待に胸を膨らませ、あまり不安は感じていなかったと思います。まずは受験をクリアするのに必死でしたし、音大には活躍している先輩方が毎日のように練習しに(遊びに?)いらしていたので、そういう先輩たちを間近で見ながら「自分もあの先輩のようになりたい!」と思ったものです。やがて卒業が迫るにつれて将来のことを真剣に考えるようにはなりますが、それでも“夢に向かって突き進む”学生生活を過ごせました。今から考えると、あまり深くも考えず無鉄砲なことでしたが、“夢を持ち続ける”ことができたのは幸せでした。

本音を言うと、音楽で生活していくだけの努力ができるのなら、それを勉強に向けたほうがよっぽど経済的余裕のある生活ができると思います。けれども、その“余裕のある生活”は本当に幸せなのでしょうか? その答えは私にはわかりません。少なくとも私は夢のある学生生活を過ごせたし、これまで好きな音楽を続けてこれました。正直、将来に不安を感じることは日常茶飯事ですし、生活が苦しいときだってあります。不安とイライラで眠れないことだってあります。しかしこれは普通に勉強して一般大学に進み、サラリーマンになっていたとしても同じことだったかもしれません。仕事のプレッシャー、上司や部下との人間関係、取引先との様々なトラブル等々。そう思うと、“一度しかない人生だから好きなことをとことんやる!”という自分自身の生き方は、間違っていなかったのかな?…多分…。

実は最近までの私は、余程才能がない限りは“音大に行く”ということに否定的な意見の持ち主でした。何故なら中途半端に音大に行っても将来苦労するだけだし、その努力と時間を他のことに向けて、音楽は趣味のほうが一生楽しめるという考えでした。実際に私の周りには音大を出たけれど結局音楽を諦めて別の道に進んだ人もいる一方、音楽を趣味として続けながら充実した人生を過ごされている方と接する機会も多いです。音楽を仕事にするといういうことは“自分のお店を持つ”ことと同じで、お客さんが来なければ閉店するしかありません。けれども趣味としてならば、好きな音楽を“一生続けることができる!”のです。

私は長年フリーランスのプレーヤーとして苦労を重ねるうちに、「こんな苦しくて不安だらけの生き方を、自分の子供にさせたくない」と思うようになりました。私のひとり娘は、幼い頃から自然と音楽に親しんできました。リトミック、ピアノ、そして小学3年からはフルートも始め、中学・高校と吹奏楽部に所属しました。しかしながら、ことあるごとに「音楽は大変だから…」と繰り返す私の言葉に、いつしか娘は「自分は音楽をやってはいけないんだ」と思い込むようになったようです。高校2年のとき、興味本位で私と家内の母校である国立音楽大学のオープンキャンパスに行ったときのことです。そこでは、東京フィルハーモニー交響楽団フルート奏者で国立音大でも後進の指導をされている名雪裕伸さんにレッスンを受けることができ、とても充実した時間を体験できたようです。私が大学1年のとき、先輩に「とっても上手な宮本クラス(※第3回セミナーを参照)の先輩が“牧神の午後への前奏曲”を吹くから聴きに行くぞ!」と誘われ、当時名雪さんが所属されていた神奈川フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会を聴きに行きました。初めて聴いた名雪さんの透明感のある美しい音色は、浪々かつ自然に会場の隅々にまで響いてきました。それ以来、私にとって名雪さんは尊敬すべき大好きなフルーティストのお一人です。その名雪さんのレッスンを受けた帰り道、娘が「もう、ここには来れないのかな…」と涙ぐみながら言っていたと家内から聞いたとき、私はとてもショックを受けました。自分のような苦労をさせたくないから…という自己中心的な思いから、私は娘に“好きな音楽”を我慢させていたことに気がつきました。本当に父親失格です。幸いなことに、娘は他に自分の“やりたりこと”を見つけ目標に向かって受験勉強真っ最中ですが、このことは一生悔やんでも悔やみきれません。

音楽家として若者へ伝えること

中学1年の女の子が「音大に行きたい!」と言ったとき、私の口から思わず出た言葉は、「素晴らしいね、できる限り応援するよ!」でした。以前の自分なら、絶対に出てこなかったフレーズです。彼女はまだまだ若いので、これからいろんな経験をしていくうちに将来の夢も変わってくるかもしれません。また周りから「音楽の道は大変だよ」と言われることもあるでしょう。それでも彼女の心の中に強く芽生えた夢を、ゆっくり大切に育ててあげることが、指導者である私たちの使命だと思います。確かに音楽の道は大変ですから、苦手なことも多いし余裕がなく追い詰められることもしばしばです。けれども、音楽をやっていなかったら絶対に経験できない幸せな瞬間は人生の宝物です。また、夢のある若者と一緒に音楽を勉強して作っていくことができる機会が多いもの、音楽家の特権かもしれませんね。そんなひとつひとつの幸せな時間を若者たちと一緒に楽しむことで、自分の生き方を正直に見せていければと思います。“現実に疲れた”音楽家ではなく、“いつまでも夢を追い続ける”音楽家の姿を若者たちに見せていくことが、私たちの責任かもしれません。

音楽は自分ひとりではできません。もちろん、ピアノのようにソロとして単体で成立する音楽もありますが、アンサンブルにはソロにはない魅力が沢山詰まっています。アンサンブルにおいては、「自分ひとりが上手ければいい」とか「自分が気持ちよく演奏できればいい」ということがありません。常に一緒に演奏する仲間たちとのコミュニケーションが大切になります。そしてお互いに影響を受け合いながら、音楽を高めていく喜びがあります。音楽の道を目指す方には、アンサンブルの機会をできるだけ多く持つことをお勧めします。ここでいうアンサンブルとは、二人のデュエットから吹奏楽やオーケストラまでの大編成までを意味します。きっと、そこで多くの素敵な仲間たちとの出会いがあるでしょう。私のような“落ちこぼれ笛吹き”が今まで音楽家としてやってこられたのは、“自分だけの力”ではなく“仲間に恵まれた”からだと思います。そういった意味で、吹奏楽部という環境はとても素晴らしい場所です。そこにはレベルの格差、様々な人間関係等、自分一人では解決できない問題がいろいろありますが、それらをクリアしてみんなで“ひとつの目標”に向かうことができたとき、かけがえのない素敵な経験ができることでしょう。

気持ちよく演奏すること

私が中高生の指導をするとき一番最初に教えてあげたいことで、その反面最も苦労することが“気持ちよく演奏させる”ということです。楽器の練習は、マラソンのような長距離走と似ているように思います。私のような運動音痴には、アスリートたちが何故あそこまで苦しい思いをしながら走るのか理解できませんが、きっとそれに代え難い気持ちよさや達成感があるのだと思います。そして、「また走ろう!」と思うように想像します。管楽器においては、“気持ちよく”音が出せるようになるまでに相当な練習が必要です。何度やってもスカスカの音しか出ないし、その一方で息はなくなり苦しいだけです。これでは、練習する意欲もなくなってしまいますね。フルートにおいては、音が気持ちよく当たるスイートスポットが非常に狭いので、ここに上手く息を命中させる必要があります。希に、最初から先天的な才能を持っていて良い音を出す子はいますが、多くは苦労します。しかし理想的な息がスイートスポットに命中したとき、楽器は非常に気持ちよく反応してくれます。一度これを経験すると、今までの苦労が嘘のように楽器を扱うことが楽になります。多分アスリートが苦しい練習を乗り越えたときも、私たちが知らない美しい風景が見えているのだと思います。

私たちは走り方のフォーム、呼吸法、練習法を教えることはできますが、走ることが気持ちいいと思えるまでトレーニングするのは、自分自身でやらなければなりません。ですので、最初に「この先には素晴らしい風景がある」ということを明確に伝えて、そこに向かって背中を押してあげます。時間はかかってもよいので、「あっ、楽器を吹くのって気持ちいい!」と思うことができれば、「また走ろう(練習しよう)!」という気持ちが芽生えるでしょう。これは教えるほうも根気と時間が必要な作業ですが、辛抱強く付き合っていかなければなりません。逆にいうと、短時間で成果が出ないからといって“自分には指導力がない”とは思わないで下さい。

管楽器を気持ちよく響かせるために必要なことは、安定した息の支えとスピードです。息のスピードは単純に“いっぱい吸って、いっぱい吐けばいい”というものではなく、口元で上手く空気を絞り込んで効果的にスピードを作り出すことが大切です。この口元でどのようにスピードを作り出すかは、楽器ごとに専門分野の勉強が必要です。また楽器によっては、気持ちよく吹くためのハードルが高いものもあります。例えば、同じ金管楽器でもホルンとユーフォニアムではマウスピースの大きさの影響で、一般的にホルンのほうがコントロールが難しいです。ユーフォニアムの子が音階を吹けるようになっても、同時にホルンを始めた子が苦労している場合もあります。もしかしたらホルンの子は、自分の努力が足りないのでは?と落ち込むかもしれません。最近、私が指導した学校のホルンの生徒に、「もしかしたら自分はこの楽器が向いていないのでは?」と思ったことがあるかと尋ねたら、大多数(上手な上級生も!)が手を上げました。私は、余程のことがなければ“その楽器に向いてない”なんてことはないよと教えました。確かにホルンは難しいし、他の楽器より苦労することは多いかもしません。けれどホルンの音色と響きは他にはない魅力があって、音階を吹くだけでも聴き手を感動させられる楽器だよと言いました。彼らが勇気と希望を持って“気持ちよく吹ける”ポイントまで、一日でも早く到達できることを見守りたいと思います。

感動したワンシーン

先日、昨年行われた第64回全日本吹奏楽コンクール全国大会での金賞団体の演奏を収録した『Japan’s Best for 2016』を購入しました。私が中高生の頃はLPレコードしか買えませんでしたが、今は映像で観られるのですから本当に嬉しい限りです。特に中学・高校の全国大会が名古屋に移ってからは、なかなか聴きに行くのが難しくなりましたし…。本当は私の母校(屋島中学校・高松第一高等学校)も含めて、全ての団体の演奏を聴いてみたいのは山々ですが、それらを全て入手するのは大変です。ということでこちらは折りをみてとして、まずは中学・高校の金賞団体の演奏から聴いてみました。

高等学校はとにかくハイレベルな上に、それぞれの学校の個性をアピールする熱演だらけでした。ここまでくると、金賞と銀賞の境界は、非常に微妙だったと想像します。緻密なアンサンブルと音楽性でアピールした団体、厚みのある重厚なサウンドでアピールした団体、個人技と色彩感のあるサウンドでアピールした団体と、単純に点数で評価できないというのが本音かもしれません。ここまでの演奏をするには、日頃から相当の練習を積み重ねてきたに違いありませんし、レギュラーメンバーになるために過酷な競争だってあったでしょう。こういう演奏を聴かされてしまうと、将来的に全国を目指してチャレンジしようという学校は気後れしてしまいそうですが、今や全国金が当たり前の学校でも昔は地区大会止まりからスタートしています。決してコンクールが全てではありませんが、全国レベルの演奏を聴いて、自分たちも頑張ってみよう!という気持ちが沸き上がれば素敵ですね。

中学校は、高校以上に各学校の個性が光っていたように思います。“どこかの演奏を真似した”のではなく、“自分たちの音楽”を作り上げてきた様子が伺え、会場で聴いていた人はとても楽しめたことでしょう。個人的に嬉しく思ったのは、単に技術的に高度な演奏をした学校だけが金賞だったのではく、多少中学生らしいアマチュアさがあっても音楽的に素晴らしい演奏した学校も金賞に選ばれたことです。それでも、とても中学生とは思えないくらい完璧で音楽的なソロの連続でしたし、プロでも大変な作品を見事に仕上げてきた演奏は圧巻でした。ある意味、高校の部以上に楽しめた演奏が多かったです。こうなりますと、特に中学については金賞以外の熱演も是非とも聴いてみたいという欲求が沸いてきますね。

最後に、映像ならではということで、私が感動したワンシーンをご紹介したいと思います。それは、長崎市立山里中学校の自由曲でした。曲は『イースト・コーストの風景』(ナイジェル・ヘス)で、タッド・ウインドシンフォニーで私も演奏したことがありますが、曲調の異なる3つの楽曲から成る色彩感豊かな素敵な作品です。山里中学校の演奏は、3曲のキャラクターを見事に表現していました。そして2楽章の“キャッツキルズ”では、浪々とした音色で素晴らしいコルネット・ソロを披露してくれました。このソロを吹くのにどれほど緊張感が必要かは、本番を経験した私もよくわかります。そのソロが終わったとき、コルネットを吹いていた女の子が満面の笑みを見せたのです! これを見た瞬間、私は思わず涙が出てしまいました。彼女が抱えていたプレッシャー、これまでの並々ならぬ努力、そしてそれを乗り越えた瞬間が、あの最高の笑顔だったのだと思います。「きっと相当練習したんだろうな」、「もの凄く緊張しただろうな」と、いろんな想いが私の頭の中を一瞬のうちに駆け巡り、不覚にも涙が出てしまったのでしょう。彼女にとって、指揮をされた先生や山里中学校吹奏楽部の全員にとって、そしてご父兄のみなさんにとって、この全国大会のステージは、かけがえのない宝物になったと思います。仮に、銀賞や銅賞であったとしても! 中学・高校を通して、12分の熱演が終わった瞬間の生徒たちの晴れやかな表情には、観ている私のほうが勇気をもらいました。きっと、日本各地で開催されたコンクール会場で、同じような素敵なシーンがあったと思います。そんな瞬間に出会えるチャンスを与えてくれるのが、コンクールの本当の素晴らしさかもしれません。

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