■落ちこぼれ笛吹きの“やればできる!”ON LINEセミナー 第7回

音楽に熱中するあまり受験勉強について行けず中学で不登校、何とか音楽科の高校に進学するも休学し小さな町工場で電気配線と格闘する1年を経験。「やっぱり音楽がやりたい!」と復学し音大を卒業後、プロオケを目指して20回以上オーディションを受けるも全て撃沈。そんな“落ちこぼれ笛吹き”が30年間のプロ経験で得たものとは? その中に“明日からもっと楽しくフルートが吹けるヒント”がみつかるかも!

◆岡本 謙(フルート奏者)プロフィール◆
10歳よりフルートを始める。香川県高松第一高等学校音楽科を経て、1990年に国立音楽大学を卒業。同年、シエナ・ウインドオーケストラ結成メンバーとして入団。6年間の在籍期間中、ピッコロ及びフルート奏者としてコンサート、CDレコーディングを多数行う。その後、東京吹奏楽団に移籍、ピッコロ奏者を務める。現在はフリーとしてオーケストラ、吹奏楽、室内楽等において演奏活動を行う。また、ミュージカルのオーケストラ・プレーヤーとしても、数多くの演目にて年間を通じて活躍している。フルートアンサンブル“ザ・ステップ”タッド・ウインドシンフォニーメンバー。

オケピから見たミュージカルの世界

最近では吹奏楽でも演奏される機会が多い“ミュージカル”。みなさんはミュージカルについて、どのようなイメージをお持ちでしょうか? エンターテイメント、ダンス、華やか、豪華な舞台装置…。そもそもミュージカルは音楽・芝居・ダンスが融合された総合芸術で、その歴史はオペラ(歌劇)→オペレッタ(喜歌劇)→ミュージカルと受け継がれており、当然ながら音楽はその中心的な役割を果たす大切な要素となっています。

吹奏楽の世界では、昔からオペラやオペレッタの作品は多数レパートリーとして演奏されていますし、その流れから『サウンド・オブ・ミュージック』や『ウエスト・サイド・ストーリー』というミュージカル作品が吹奏楽でも演奏されるのは自然なことだと思います。そして最近では『ミス・サイゴン』等の比較的新しい作品も吹奏楽編曲版として演奏されています。

ミュージカルの音楽は登場人物の心情や舞台上の情景と綿密に関わり合っているので、吹奏楽で演奏する際でもそのストーリーを理解して演奏することが大切ですね。きっとみなさんもDVDで視聴したり、本物の舞台を観に行く方もいらっしゃるかもしれません。そうしているうちにミュージカルそのものに興味を持たれる方も多いと思います。中には観ているだけでは気がすまず「私もオケピットで演奏してみたい!」という人もいらっしゃるでしょう。

実際にミュージカルを観劇に来られた中高生や音大生の方から、「私もフルートを吹いていますが、どうしたらミュージカルのオーケストラに入れるのですか?」と質問されることもあります。今回のセミナーではそんなみなさまのために、オーケストラピットから見たミュージカルの世界を、ちょっとだけ詳しくご紹介いたしましょう。

ミュージカルとの出会い

私とミュージカルとの出会いは大学3年の夏に訪れました。国立音楽大学で2年先輩のフルーティストの広川伸さんから、「岡本、ちょっと仕事を手伝ってほしいのだけど…」と頼まれたのです。それがミュージカル『ピーターパン』のお仕事でした。

当時、毎年夏にファミリー向けミュージカルとして上演されていた『ピーターパン』の木管セクションのリーダーは、国立音大の先輩フルーティストの中谷望さんでした。中谷さんは私と同じ宮本明恭クラスの卒業生で、スタジオプレーヤーとして活躍されていました。『ピーターパン』はフルートが2管編成で書かれていたので、中谷さんは国立音大出身で活躍している笛吹きを2nd奏者として呼んで下さっていました。その年は、今まで2ndを吹かれていた先輩のお一人が諸事情でフルートを辞めることになり、急に人が足りなくなったとのことです。

通常、学生にこのような仕事がまわってくることはめったにありませんが、中谷さんから「誰かピッコロを吹ける人を呼んできて!」と頼まれた広川さんが、幸運にも私に声をかけて下さいました。ここでも、ピッコロが私の将来の可能性を開いてくれたのですね(第5回セミナーを参照)。

時期は7月後半。ちょうど前期の授業も終わり、仕事といってもたまにある中高の吹奏楽の指導くらいでしたので、スケジュール的には暇にしていたときでした。既にリハーサルが始まっているとのことで、広川さんに連れられて早速稽古場へと向かいました。ミュージカルという未知の世界にワクワクすると同時に緊張しながら稽古場へ入ると、そこにはいかにも業界というオーラを醸し出す金管セクションのお兄様方、そして弦楽器のお姉様方の独特な雰囲気に、まだ学生だった私は「これがミュージカルオケの世界か!」と圧倒されました。木管セクションはプロオケの方も多く、とてもフレンドリーに接して下さり、少しずつその場の雰囲気に馴染んでいくことができました。

いよいよリハーサルが始まり、何よりも衝撃的だったのは中谷さんの圧倒的な響きの音色でした。スタジオプレーヤーということで、きっとマイク乗りのよい繊細で綺麗な音を出すのかな?と想像していましたが、中谷さんの音色は全く予想外でした。ドイツの名器ヘルムート・ハンミッヒに息を吹き入れた瞬間、倍音豊かな響きが天から降ってきて包み込まれるような錯覚を覚えたほどです。まさに、「こんなフルート、聴いたことがない!」と思いました。

中谷さんの音がどれほど凄かったか、ひとつエピソードをご紹介しましょう。それは私が大学を卒業しシエナ・ウインドオーケストラへの入団が決まったときのことです。

ある日、事前に選定したヤマハのフルートを受け取りにヤマハ銀座店へと向かいました。そこで担当の方から、「ジュリアス・ベーカーさんがいらしているので、会っていかれませんか?」と言われました。私が選んだフルートがまさにジュリアス・ベーカーモデルでしたので、是非にとお願いしました。ベーカーさんは、私の楽器をパラパラっと吹き、「うん、良い楽器だ!」とおっしゃって下さいました。それから一緒にランチに出かけようと店内を移動中、試奏室の前で突然ベーカーさんが「んんっ?、凄い笛吹きがいる!」と立ち止まりました。試奏室で吹いていたのは、何と中谷さんだったのです。しかもベーカーさんが「君はどのモデルを吹いているのか?」と興味津々尋ねると、それは中谷さんが知人から選定をお願いされた一番安いエントリーモデルだったのです! これにはベーカーさんもあっけにとられていました。それくらい、ベーカーさんにとっても中谷さんは印象的な笛吹きだったようです。

ミュージカルのリハーサルは、オーケストラだけの“オケ練習”、キャストと一緒の“歌合わせ”、本番通りの内容を稽古場で通す“通し稽古”を1週間以上かけて行います(キャストは、この1ヶ月位前から稽古を行っています)。そうしてようやく劇場に入ります。ここでは本番の衣装、照明、舞台装置、音響設備を使って“舞台稽古”を行います。

『ピーターパン』が上演された新宿コマ劇場のオーケストラピットは比較的浅い構造でしたので、舞台上の様子がよくわかりました。ですので、稽古が進むにつれてストーリーへの理解を深めることができました。ここでも中谷さんの音色と表現力の幅広さは圧巻で、隣で吹いていても客席で聴いていても学べることが山ほどありました。

『ピーターパン』はクラシカルな作品ですので、そのフレーズは美しくもシンプルなものも多くあります。中谷さんはクラシックだけでなくジャズ、ポピュラー、さらにはハワイアンや演歌等幅広い引き出しを持つ笛吹きでしたので、「たったこれだけのフレーズで、こんな表現ができるんだ!」、「中谷さんのように吹けるようになりたい!」と思ったものです。

本番が始まってから自分の乗り番でないときも、劇場に出かけて客席の通路脇で何度も何度も中谷さんの笛を聴いていました。そしてそれと同時に、いつしかミュージカルの魅力に引き込まれていったような気がします。

ミュージカルデビューはエキストラから

私が初めて『ピーターパン』で仕事をさせて頂いたのが1988年の夏でした。このときのフルートパートは中谷望さん、菅原潤さん、広川伸さん、そして私の4人でローテーションを組んでいました。まだ学生の私にとっては右も左もわかならい状況でしたが、必死に先輩方について行った記憶があります。とはいえ、今から思えばまだまだ“使えないやつ”だったと思います。けれども、周りの木管セクションの方々の温かな目があったからこそ、何とか仕事をさせて頂いたのでしょう。この時から、毎年夏のミュージカルは本当に楽しみな時間となりました。

次の年には私の1年後輩の中村めぐみさん(現在広島交響楽団フルート奏者)も仲間に加わり、共に仕事をしながら中谷さんから学べる“中谷塾”といった感じでした。残念ながら中谷さんはご病気で他界されたので、今あの音色を生で聴くことはできませんが、映画のサントラやCM、様々なアルバムを通して、知らず知らずのうちに中谷さんのフルートを耳にした方は多いかもしれません。

▲左から筆者、中谷さん、広川さん(新宿コマ劇場にて)

大学を卒業した後、中谷さんは『ピーターパン』以外の演目でもエキストラとして私を呼んで下さいました。『ピーターパン』では2ndフルートとしてでしたが、その他の演目ではフルートは1本ですので、中谷さんの代役を務めなければなりません。これは非常なプレッシャーでしたが、この経験がとても勉強になりました。

通常ミュージカルの現場では、最初からレギュラーとして頼まれることは少ないです。まずはエキストラとして、レギュラーの代役からスタートします。エキストラはオケ練からずっとレギュラーの隣に貼り付いて勉強し、時々はリハーサルで交代させてもらえるもの、ほぼいきなり本番で吹かなければなりません。これは大変な緊張感を要しますが、その反面予習をする時間はたっぷりあります。

まずはリハーサルでしっかり勉強し、初日が開けるとピット内で見学しながらその場の雰囲気を感じ、自分が本番で吹くイメージを固めていきます。もちろん最初から全てが上手くいくはずはありませんが、公演全体に支障がない範囲で演奏できれば及第点です。そこを出発点に、回を重ねる毎にクオリティを上げていけばよいのです。このルーティーンは、今でもエキストラとして仕事をするときは変わりません。例え何十回・何百回吹いたことがある演目でも、最終的にピットで見学して演奏者と同じ空気を感じることは大切にしています。

ミュージカルの公演は少なくとも1ヶ月、演目によっては何ヶ月も続きます。ですので、その時間の中で学べることが多くあります。私が大学を卒業して2年目のことだと思います。中谷さんから『赤毛のアン』というカナダから来日したミュージカルのエキストラを頼まれました。この時の周りのプレーヤーの方は一流の方ばかりでした。正直なところ、私はかなり周りに迷惑をかけていたようで、実際木管セクションでは少し問題になり、『ピーターパン』で一緒だった方が「まあ彼もまだ若いから、もう少し見守ってやってくれないか…」とフォローしてくれたこともありました。おかげで周りの方も少しずつアドバイスを下さったり、飲み会に誘って下さるようになり、私の中でも何かが変わったようでした。

実はこの仕事が始まる数ヶ月前、九州交響楽団のオーディションを受けました。伴奏者を伴って福岡まで行かなければならないので、相当な出費が必要になります。試験会場に行ってみるとフルートでの受験者はたった4人! 今では考えられないですね。一次審査ではまずまず上手く吹けたと思いましたが、たった4人の中でも二次審査に進むことはできませんでした。「何がいけなかったのだろう?」と自問自答するも、答えは見つかりませんでした。落ち込んでいたときに、中谷さんから『赤毛のアン』の仕事を頂きました。そしてこの仕事のすぐ後、再び九州交響楽団のオーディションが東京で行われました。今度は60名を超える応募があったと記憶しております。一次試験の結果、何と私ともう一人の二人が二次審査に残りました。前回のオーディションから3ヶ月しか経っていないのに、この違いは何なのでしょう。明確な答えはみつかりませんが、『赤毛のアン』の現場で経験したことが、私の笛の何かを変えたことは間違いないようです。残念ながら最終的に私は不採用となりましたが、“仕事をしながら学べることの大きさ”を実感した経験でした。

▲ミュージカル『赤毛のアン』の木管セクション

初めてのレギュラー

私が大学を卒業した頃は、まだ今のようにミュージカルの上演数は多くありませんでした。東京で年間を通じて公演を行っているのは劇団四季と東京宝塚劇場、そして1992年からロングランが始まった『ミス・サイゴン』くらいでした。私は中谷さんのエキストラとして年に2~3ヶ月の公演を手伝わせて頂く程度でしたが、それでもミュージカルの仕事に関われたことは幸運でした。

そんなある日、1本の電話がかかってきました。それは劇団四季からでした。内容は「今年の11月からのミュージカルをお願いしたいのですが…」とのこと。劇団四季で長年に渡って指揮をされている上垣聡さんが私を紹介して下さったそうです。上垣さんとは、それまでオーケストラや吹奏楽でご一緒する機会があり、私が時々ミュージカルの仕事をしていることもお話ししたことがありました。そんなご縁もあり、声をかけて下さったようです。

さて、こんな素敵な話しを断る訳がありません。「もちろん引き受けさせて頂きます!」と快諾し、電話の切り際に「あのう、一応1年はやると思いますので…」と言われ、さらにビックリ! この時引き受けた『美女と野獣』は、結局2年4ヶ月のロングランとなるのです。私にとっては初めてとなるレギュラーの仕事。公演パンフレットのオケメンバーの欄に自分の名前が載ったときは嬉しかったですね。しかも作曲のメンケンさんの音楽は素晴らしく、フルートもピッコロも本当に魅力的なフレーズが満載でした。演奏していて幸せになれる演目でしたよ。

ミュージカルをやると下手になる?

「ミュージカルって、毎日同じことをやるのでしょう。」とか「マンネリにならないの?」とか思われる方も少なくないでしょう。私にとって『美女と野獣』の2年4ヶ月というロングランは仕事という点では大成功でしたが、反省も大きい年月となりました。

この期間、ミュージカル以外の仕事も増え、午前中に音楽鑑賞教室で吹いてからミュージカルの2ステージをこなす等、気がつけば1ヶ月休みがないことも当たり前のように、仕事という点では充実していました。しかしながら肝心のミュージカルの本番では、神経を使い耳を使っての演奏が段々とおろそかになっていました。その結果、私のフルートのクオリティは下がっていったと思います。それにつれて周りのプレーヤーからの信頼も徐々に失われていくことになり、ピット内の人間関係も何となくギクシャクとしてきました。

もちろん、実際にイジメやケンカがあるわけではないのですが、「この人には信頼されてないな~ぁ」とわかる瞬間はありました。けれどもその原因は私自身にあったのだと、今ではよく理解できます。自分の音楽的なアピールばかりを意識して、もっと耳を使って周りの音を聴くというアンサンブルの基本姿勢が私には欠落していました。これに気づき、自分なりに勉強して修正するのには、その後かなりの年月を必要としました。

『美女と野獣』の公演が終わった数年後、久しぶりに一緒に仕事をしたプレーヤーの方に、「岡本の笛、良くなったね。一緒にアンサンブルしやすくなった!」と声をかけられたときは嬉しいやら恥ずかしいやら…。「あの頃はいっぱいご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありません」と赤面するしかありませんでした。

この『美女と野獣』での苦い経験は、私を成長させてくれました。毎日同じことをやるからこそクオリティを維持することの難しさ、自分勝手な演奏がいかに周りに迷惑をかけるか、そして常に仲間とのアンサンブルを大切にすることを学ぶことができました。

その後、さすがに1年を超えるようなロングランは経験がありませんが、数ヶ月に渡るような長期公演は時々あります。もう二度と『美女と野獣』のときのような失敗は繰り返さないと、毎回気持ちを引き締めて公演に臨んでいます。

毎日当たり前のように本番を重ねていると、何となく楽器を吹いている気になってしまいます。しかしながら、本番は練習時間と別物だと私は思います。自分だけの“自分と向き合う”練習時間を毎日継続的に維持することはとても大切です。もしかしたら、吹奏楽コンクールに向けて何ヶ月も同じ曲を練習していると、これと同じようなことがあるかもしれませんね。毎日100%完璧な人間はいないので、小さなことからでも日々クオリティを上げていく姿勢は大切だと思います。

ミュージカルは音楽の多国籍軍

クラシック音楽とミュージカル音楽の違いは、幾つかあります。オーケストラ編成では作品にもよりますが、ほとんどのミュージカルはドラムとベースが入ります。ベースは古い作品ではウッドベース(コントラバス)が用いられ、新しい作品ですとエレキベース(ウッドベースへの持ち替えもあり)が多く使われます。最近の作品ではギター(アコースティック&エレキ)やシンセサイザーが使われることがほとんどです。ですのでアンサンブルにおいてはドラムとシンクロしたリズム(ビート)&テンポ感、そしてベースから積み上げていく和声感がとても重要になってきます。

そこで大切なことは“反応のよいクリアな発音”と“周りを聴く耳”です。これはクラシックでも同じことですが、残響の少ないオーケストラピットで、しかもマイクを使う現場ではこれらがとてもシビアになります。また取り入れられる音楽のジャンルが幅広いのもミュージカルの特徴です。特にジャズの要素は頻繁に登場し、クラシック畑の私たちには戸惑うことも多いです。スウィング一つとってもダサい跳ね方になり、「岡本のはチンドン屋のチャンチキだよ。」とよく言われます。これを克服するにはいろんなジャンルの音楽をいっぱい聴いて勉強するしかありません。ミュージカルの現場では、本物のジャズを専門とするプレーヤーもいっぱいいらっしゃいます。彼らのプレイに耳を傾け、ときには直接アドバイスを請うことが上達への近道です。実はそういう彼らも、私たちクラシックのプレーヤーの音色や奏法を少しでも盗もうと必死で勉強しているのです。

ミュージカルは音楽の多国籍軍です。クラシック、ジャズ等の様々な国籍を持つプレーヤーが一緒になって演奏します。専門外のジャンルに戸惑うこともありますが、こんなに刺激的で楽しく勉強になる現場はありません。

そういった意味では、吹奏楽でも同じことがいえるかもしれません。吹奏楽で演奏されるジャンルは幅広く無限大で、最近はプロ楽団でも様々なジャンルを超えたコラボにも意欲的です。みなさんが関わっている吹奏楽団で、もしクラシック以外のジャンルが登場したら、それは勉強のチャンスです。是非少しでも深く掘り下げてみて下さい。そうすることが、もしかしたら将来訪れるかもしれないミュージカルでの演奏の糧となるかもしれません。

 

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